「○○○○(クソッ)!」
角を曲がった先にある、道を遮る瓦礫と凄鋼の巨大複合物を目にしたイーサンは、乱暴に舌打ちをする。
ロストHCUが存在する地点の目星がかろうじてつき始めたと思ったらこれだ。
「神戸」内部は一見すると人気のない市街地のようだが、実際には天然、いや人工か、の迷路ようなものだ。
暴走した自動開発プラントと凄鋼によって構造自体が狂っており、しかもそれが変化し続けている。
それに加え、クソッタレな無人兵器がうろついていて、見つかろうものなら容赦なく攻撃を加えてくる。
要するに、ここで迂回路を探そうものなら、お宝は二度と見つからない可能性が高いってことだ。
イーサンは携行していたAA-12を苛立ちのままに構え、目障りな塊に銃口を向けて引き金を引こうとしたところで、思い直して指を離す。
そして、自分でもわざとらしいと感じるほどに大きくため息をつき、呼気とともに湧き上がる感情を吐き出す。
ショットガンではこの障害物を破壊できないし、AA-12をグレネードとして使用するために特殊弾薬のFRAG-12を使ったところで結果は大差ないだろう。
そしてなにより、弾薬はタダではない。
「ったく」
と思わず口に出してしまうが、その続きは口にするには惨めすぎるので何とか飲み込む。
俺の人生はいつだってこうだ。
そんな言葉は他人には聞かせられない。
特に、自分のサーヴァントには。
「お、どうしタ」
後ろからついて来ているギドィルティ・コムが、なんとなく違和感のあるイントネーションでイーサンに声をかけてくる。
「見ての通りだギドィルティ。こいつが通せん坊ってわけだ」
振り返ったイーサンはAA-12で瓦礫と凄鋼でできたオブジェを指す。
「なるホど。オレの出番ってわけだナ」
それを聞いたギドィルティ・コムは、いつになく素直な様子で口を開くと、羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込んだまま障害物に近づく。
ギドィルティ・コムと入れ替わるように、イーサンは数歩後ずさる。
ほとんど不死身のようになった体とはいえ、「これ」は何度見ても本能的な忌避感がある。
ギドィルティ・コムが大きすぎる口をぱかりと開くと、その周囲に巨大な口のような幻像が現れる。
はっきりと目に見えているかは分からないが、それが口であるということだけはなぜか明確に分かる。
そして、ギドィルティ・コムががちりと尖った歯を噛み合わせるのと同時に、巨大な口も閉じる。
そこに残ったのはボリボリガリガリと硬そう音を立てて何かを噛んでいるギドィルティ・コムと、大きく削り取られた障害物だ。
その断面は、特大のハンバーガーに思い切りかぶりついた時にできる跡とでもいえばいいだろう。
これは、ギドィルティ・コムにとってはまさに食事なのだ。
目の前に恐るべき捕食者がいるという脅威が、これほどまでに本能的に嫌な感覚を引き起こすのかもしれない。
咀嚼していた何かを飲み込んだギドィルティ・コムは、イーサンに視線を向ける。
それに対してイーサンはうなずいて返す。
何を考えているのか分からないやつだが、たまにはこれで通じるようになった。
ギドィルティ・コムは、大きく削れたものの穴が空くには至っていない障害物に向き直る。
「そうイえば、あのクリスマスケーキっテやつは中々ウマかったゾ」
そう言ってから、今度二口三口とかぶりつく。
ギドィルティ・コムは空いた穴の前でイーサンに向き直ると言葉を続ける。
「でだ。年が明けるト、この国ではモチとかいう白くてノびるもの食べルらしいな。今度はソれをよこセ」
イーサンは思わず苦笑する。
ある意味では、何を考えているのかこの上なく分かりやすいか。
「うるせえ。ハンバーガーで我慢しろ」
「もう飽きタ。それに天使町ラーメンとギョウザもマだ食ってないゾ」
イーサンは、ギドィルティ・コムの恨みがましい視線と言葉を受け流しつつ、空いた穴を通って先へ進む。
後ろからギドィルティ・コムの足音が聞こえる。
もっと扱いやすいサーヴァントの方が良かったと思うことも正直あるが、これはこれで悪くない。
ま、お目当てのブツが首尾よく手に入ったらモチってやつを買ってやるよ。
言質を取られても面倒なので、イーサンは内心で付け加えた。