今日は珍しく、彼女が夕刻まで外出している。これほど早く帰宅することは、彼女を召喚してからは初めてかもしれない。
帰宅した時に迎える声がないことに、酷く面食らい寂しさを覚えるようになってしまった。何とも、以前の己からは大きく変わったものだと、妙なところで感慨深さを覚える。
ともあれ、彼女がいないのであればやるべき事がある。夕食の準備だ。普段は彼女にお世話になりっぱなしだが、インスタント食品に頼り気味だったとはいえ、これでも自炊していた身である。
彼女に何もかもを頼りきりになるような堕落した真似をするつもりもなく、普段の恩義も兼ねて、これくらいはやらねばならぬ。
というわけで、彼女ほどのものではないが、男鰥の雑な料理をいそいそと始めることとした。作るのは、鍋である。
この頃はよく冷える。温暖化したとは言っても、冬季の冷え込みに歯止めがかかるものではない。鍋の一つでも作って、よくよく温もろうという算段である。
放り込む具材として、冷蔵庫からあるだけの野菜を引っ張り出す。ネギ、白菜、人参、大根、豆腐、まずまず一般的な具材は揃っている。
加えて、買って帰ってきた鶏肉、豚肉、マロニーにえのきやしめじも加えて、今日の献立は水炊き鍋である。
出汁を昆布で取りつつ、通り一遍具材を切る。暇があれば鶏肉を煮込んで少しくらいはスープを取りたいところだが、そんな間はないので、粉末の鶏がらスープを入れて間に合わす。味を見て、少し薄味だったので味の素を少々つまみ入れる。
味が整ったところで、煮えにくいものからポンポンと具材を放り込む。難儀するのがマロニーで、幾ら溶けにくいとはいっても茹で続けるとくたくたになってしまう為、入れるタイミングには要注意である。
彼女であれば見た目にまで気を払うのだろうが、粗雑な自分では、やればやるだけ具材を滅茶苦茶にするのがオチであろう。多少具材の入れ方を丁寧にする程度でお茶を濁す。
具材が煮えてきたら、次いでシメのうどんも軽く水でほぐして用意しておく。まだ足りなければ雑炊でも、と思ったが、それは流石に彼女に食べ過ぎだと言われてしまうだろう。
そもそも、今の段階でも具材の量が多い。つい嘗ての要領で作りすぎてしまうのは、今となっては直した方が良い癖だろう。ここは自重することにする。
「只今戻りました。お待たせしてすみません」
……と、この辺りまで準備したところで、彼女が帰ってくる。都合が良いな、と思ったが、よく考えてみれば、彼女は『千里眼』を持っているのである。此方の準備に合わせて帰宅することなど造作もなかろう。
これは寧ろ、彼女を労うはずが、逆に気を遣わせて帰りを急かしてしまっただろうか。情けのない気分に陥るところを、しかし、拾い上げてくれるのも、やはり彼女である。
「私がそうしたいと思ったから、そうしたんです。貴方と一緒に、食卓を囲みたいと思ったから」
……このような殺し文句を言われて顔を綻ばせない人間がいれば、ひとつお目にかかりたいものである。全く以て、彼女には終生勝てる気がしない。
その後は、いつも通りの光景である。ひとり、ひとり、食卓を挟んで向き合う。拍手ではなく、もっと単純な、当たり前の祈り。頂きます、と、細やかな声が二つ重なった。