いい夫婦の日というものが、世の中にはあるという。
多分センセイに聞けば色々教えてくれるのだろうけれど、私は特に興味がないので聞かないことにする。
そんなことより、センセイと、そして卑弥呼様のことだ。
あの二人。“聖杯”ならぬ《聖杯》が紡いだというあの縁は、傍目に見れば「いい夫婦」そのものだ。
よく働き、そして疲れ果てて帰ってくる夫を、家を守りながら待つ妻。
今時時代錯誤かもしれないが、あの二人を見ていると、そんな関係性が極自然なように思えてくるから不思議なものだ。
だから、私はてっきり、二人ともそういう仲なんじゃないか、と思ったりもしたのだが、そうではないらしい。
他にも沢山そう思っている人はいるようだが、聞かれる度、口裏をあわせている訳でもないだろうに、そういう間柄ではない、と答えるのだ。
……男女の仲は、恋だけではないと、そんな小説を読んだこともある。
ただ、それを実感を以て理解するには、きっとまだ生きた時間が足りていない。
「スバル。君は、どう思う?」
「……? なにが、でしょうか?」
「……ごめん。忘れて」
「そうですか。では、ハービンジャーはわすれることにします……あふぅ」
秋の半ばを通り過ぎ、寒くなってきた夜半。低く唸る家庭用発電機の音をBGMに、スバルと二人で空を見上げ、眠るまでの時間を過ごす。
それが、この子を預かってから、私の日常の一部になっていた。
座席を改造したソファーは、そのままベッドにもなる。他に寝床もないから、私とこの子は、二人で一つのソファーを使って眠っている。
……自分のサーヴァントでもないのに。家族のように接して。滑稽だ。だけど、それでも、私はこの時間を、失いたくはないと思っている。
目は、随分重たそうに持ち上がっている。眠気を隠せない、そのあどけない表情からは、この子がサーヴァントであるという事実を読み取ることは出来ない。
まるで、今を生きている人間のような。だからこそ、私は、それを愛おしく思って、手放す覚悟ができなくて。
「いい夫婦、かぁ」
……センセイと卑弥呼様を思い出すのも、スバルと離れられないのも。
その暖かさに、惹かれるからだろうか。
夫婦のように、或いは、一つの家族のように。一緒に過ごす温もりが、欲しいからだろうか。
あの二人のように。比翼の鳥、連理の枝、偕老同穴の契りを結ぶような、そんな、かけがえのないものが。
……スバルは、すっかり寝息を立てている。その寝顔に浮かんだ微笑みは、何処か、嘗ていたはずの少女の姿を連想させる。
きっと、ウチ/私には、許されない。逃がされたウチに、逃がした私に、その権利はない。
だから、少しだけ。君の赤銅の髪に触れて、いつか失われるその柔らかな暖かさを、少しだけ。
「君が、ウチのサーヴァントだったら、なあ……」