「ひ──────」
喉の奥から絞り出したような声を残して、また影は消え去る。後には何の痕跡も残らず、ジェネラギニョールに要請してデータを確認しても、記録は残っていない。
……しかし、奴吾の記憶には、それは残っている。
つか、つか、と、消え失せた辺りへと歩み寄る。其処に、それが存在した痕跡を探し当てる。足跡だった。こんなものまで再現している辺り、この世界はよく出来ている。
足跡の向かった方向と、これまでの痕跡のマッピングを比較し、暫くの検討の結果、おおよその居場所に目当てがつく。
シティの片隅。些か遠いが、行って確かめる必要はある。腰をあげて、歩き始めた。
創造主の消息が途絶える前、「野良サーヴァントらしき辻斬り」が発生するようになってから、この戦争を運営するものとして、何度か調査を行った。
そして、とうとう見つけたのが、先程見かけた影。しかし、近づくことも能わず、またたく間に逃げられてしまった。
何度か繰り返し、そしてそれについて他のアルターエゴに協力を要請した結果、何故彼(あれ)が逃げ続けられているのか、その理由も把握した。
『情報抹消』。高ランクのそれを有するサーヴァントは、自身の痕跡を機械の類にすら悟らせないという。成る程、調べても調べても記録は残っていないはずである。
それに対する抵抗力、「忘れない」ことに特化したこの霊基が、このような形で役に立つことがあるとは思わなかった。
……サーキットでインパティナツスの様子を影から確認し、其処を通り越してシティへ。
マップに指定した該当座標には、記録上は使用された痕跡のないビルが一つ。しかし、現地についてみれば、どう見ても人が定期的に通っている痕跡がちらほら。
埃が部分的に散り、足跡まで残されているエントランス部。足を踏み入れてみれば、そこここに証拠は発見できた。
これほど分かりやすく残っているものを発見できなくなるのだから、『情報抹消』とは見事なもの───。
「む」
「ひぃっ!?」
……入り口からは見えぬ物陰に、いた。刀をひしと握りしめ、小さく縮こまって。
がたがたと震えていたのは、少女であった。此方に恐怖の眼差しを向けて、固まってしまった……恐怖?
その藍の輝きから見えるのは、どう見ても、恐怖である。しかし、これまでの辻斬りに関する情報を総合すると、明らかな殺意による攻撃を行っていたはず。
それが、こんな少女から発せられるとは……などと、そんなことを思っているようではこの世界では始まらない。
相手はサーヴァント、若しくはアルターエゴである。いずれにせよ、人智を超えた存在であるのに変わりはない。警戒を解くことはできない。のだが。
「……」
……この恐れようは、どうやら、心底から本当に奴吾を怖がっているもののように見受けられる。
辻斬りとしての凶暴性、殺意の発露は、今の所見られない。本当に、この少女が辻斬りなのであろうか。
アルターエゴであることは確認できるが、なにかの間違いで参加させられた一般人である可能性もある。
その恐怖の眼差しを受け止めて思案すること、十秒程。
「……奴吾に恐怖しているのであれば、酷なことをした。謝罪しよう」
「……え」