嵐である。
全球規模での温暖化の進行は海面上昇を引き起こし、為にモザイク市は海洋に浮かぶ孤島の如き様相を呈している。
故に、この超高層建築物は、夏の頃には旧世界同様台風に襲われる。それはおかしなことではない。
……問題は、今の時期が夏ではなく秋も半ばの頃だということだ。
お陰で、仕事を片付けるのが遅れた自分は、大嵐の中、学校に閉じ込められてしまった。
これが自分の身一つであれば、何のことはない。これくらいの事は少なからずあった。ずぶ濡れになってでも帰っただろう。
しかし、彼女を連れているとなると話は別だ。
「困りましたね」
窓から、大嵐の空模様を見つめて嘆息する。その横顔に浮かんだ困惑に、胸が痛んだ。
自分の仕事を手伝ってくれるという厚意に甘えた結果がこれだ。多少無理を押しても、彼女だけでも帰すべきであったろう。
基本的に、宿直制度の配された学校に、まともに寝泊まりできる場所はあまりない。精々が、新人類には無用の長物であるのに何故か確保されている保健室程度か。
嵐の中に彼女を出すのは論外である。しかし、かといってこんな場所に彼女を留めなければならないのも、痛恨の失策である。深く、自省した。
「亨さん、ところで、どうしましょう」
保健室にて寝床の準備をしつつ、多少の後悔の念を抱いていた折である。彼女から、そんな言葉がかけられた。
彼女が指差しているのは、今まさに用意している寝床。
どうしましょうというと、と尋ねれば、まさに寝床をどうするかという話。どうするも何も、彼女が此処に寝て、自分は適当に待合の椅子にでも座して寝ようかと思うが、と答えれば、少し膨れた顔をする。
「──ダメです。貴方がべっどで寝てください」
とんでもない話である。私はサーヴァントだから別に眠らなくても良い、と彼女は言うが、そんなことで女性に不寝番じみた真似をさせられるほど厚顔無恥ではない。
全く道理にそぐわぬことなど百も承知だが、其処を曲げられるほど器用でもない。暫く、押し合いへし合いの問答が続いた。
──妥協の結果として、二人して一つのベッドにすし詰めになることになった。
阿倍野塔に落ちる落雷を聞きつつ、背中合わせに眠る。些かどころではない、同衾という大問題。男女七歳にして席を同じくせず。承知している。しかしお互いの意見をすり合わせたらこうなってしまったのだ。致し方がない。
……サーヴァントである彼女が先に眠ることはないだろう。寝静まってから此方が抜け出すという手も使えまい。こうなってしまっては、素直に一緒に寝る他はない。
眼を瞑る。背中合わせに感じるのは、彼女のぬくもり。なるべく触れないように、少し距離を空けようとするが、もうこれ以上は動けない。
人肌。こうして触れたのは、果たして一体何時以来だったろうか。
「おやすみなさい、亨さん」
──いつもよりもずっと近くで聞こえたその言葉が、妙に快い残響を耳に残していた。