遠い雷鳴が、微かに響いた。
窓から少しだけ見える阿倍野塔は、通天閣の明かりで輝いている。とても集雷機能のついた避雷針を兼ねているとは思えない。
他所の車両から持ってきた上等の座席に寝転んで、ガラスと豪雨の向こうに見る空は、昼間のようだった。あれだけ明るければ、妙なものも寄っては来ないだろう。いいなぁ、と、思わず言葉が溢れる。
しかし、と良く良く考えてみれば、昔は私も雷が怖かった。おばけは他よりずっと怖いが、他のものが怖くないわけでもない。それが、どうしてこれだけ平然と雷を見ていられるようになったのだったっけ。
……少し記憶の底を浚えば、思い出が手に触れた。何でもない、私がもっと幼かった夏のあの日。この稼業を始めるよりも前のこと。
「雷様が怖いんか。そらそやわなぁ、あないにゴロゴロ言うとったら、ヘソ取られへんか心配になるわなぁ」
すっとぼけた口調で、それでも、決してウチの怖さを笑わないでくれた。真剣な顔。嘘も誤魔化しもない、ちょっと行きすぎなくらいの誠実さ。センセイは、その時もそれを見せてくれた。
「雷さんはな、ヘソ出しとるごんたがおらんか探し回っとるけど、仕事が大変なもんやから、探す時にもなるべく手間かけんと、ちゃちゃっとやってしまいたいんや」
それで、なるべく高い所に降りて、そこから周りを見渡すのだと。だから、雷の音が聞こえても、高い所に近づかなければ、雷様には見つからないし、ヘソも取られないよ、と。高いところから離れた場所にいれば、怖がる必要はないんだと。
きちんと学んだ今なら、センセイの言っていたことは分かる。魔術的にも科学的にも、決して正しくはない。しかし、なるべく子供にも分かりやすく、それでいて恐怖を道理で押し潰すのでもなく、納得を優先した語り方。
あの時のウチも、雷様がなんだかものぐさなおじさんのように思えてきてしまって。それから、雷様を怖がることはなくなった。勿論、落雷の音が聞こえると流石にびくりとしてしまうけど。それだけなら、きっと多くの人と一緒だろう。
――閃光が、二つ、三つ。暫くして、ゴロゴロッ。ゴロゴロゴロッ。少し首を竦めて、遠くを見つめる。
雨はまだ止まない。けど、止まない雨はない。そうしたら、雷も止まるだろう。
それまで、少しだけ。たまには、ただの子供だった頃を思い出しながらゴロゴロしたって、怒られないはずだ。