kagemiya@なりきり

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剣道少女と魔術師 2022/06/01 (水) 05:57:57

それは思いがけぬ出会いだった。
目の前に立ち塞がっていた複数人の“輩”の事ではなく、それらを掻き分けるように現れた女性のこと。
大きい。ひと目見て感じた印象は、その身長や服装も相まって「大人の女性である」というものだった。

彼女は私を一瞥すると、輩へ向けて「私のツレ」だと言い放つ。
思わず面を喰らってしまった。これが試合だったならキレイに一本を取られていただろう。
それほどまでに堂々と、微塵の“嘘”も感じさせずに言い放つ女性に対し、私は“無言”という態度で話を合わせた。
恐らく女性は輩に絡まれている私を見かね、助けに入ってくれたのだろう。
ともあれ人手が増えるのはありがたい。この状況をどう切り抜けようか、少し迷っていた所だったから。
……竹刀を握り締める力を僅かに抜いて、標的を最も近くの輩へと絞る。

女性の長髪に一人の輩が食って掛かり、合わせて二人目の輩も飛びかかっていく。
その様子を尻目に私は狙いを定めていた輩に照準を絞る。向けられた視線に気がついたか、輩も少し遅れて構えを取った。
他二人と違い、この男はある程度理性的であるようだ。竹刀を持つ私に対し、間合いに入らぬよう距離を置く。
その上で手にしたナイフを懐に滑り込ませるタイミングを伺っている。成る程、これは“実戦”慣れしている。
関節の軋むような音が響く向こうとは異なり、此方には暫しの沈黙が流れる。
お互いに出方を伺い、様子を探る。恐らくは先んじたほうが負けるだろう……と、輩は感じているだろう。
だからこそ、その虚を突いた。文字通りに意識の合間を縫うような、“刀”という得物からは想定し難い瞬速の攻撃。
即ち…………中学年の剣道では禁じ手とされる「突き」である。

輩は当然「打ち」で来ると思っていたのだろう。竹刀を振るう隙を狙っていたのだろう、とも推測できる。
けれど「突き」に予備動作は無い。加えて間合いすら読みにくく、一歩踏み込むだけでその切っ先は相手の喉元に達する。
短く空気が漏れる音が響き、輩は後ろへと倒れ込む……そんな彼の襟首を掴み、女性はビンタを一つかまして“一本”とした。

────その戦いの中で、私は思いがけないものを見た。
それは一人目を倒し、二人目に相対した際の女性の動きである。
一人目の輩を打ち捌いた彼女の動きは、洗練されていて手慣れてはいたが常識の範囲内に収まる動きだった。
けれど二人目と打ち合った時……女性の動きが「加速」した。僅かな一瞬だが、その動きは人間のそれを凌駕していた。
彼女が名だたる格闘家であったとしても現実的とは思えない筋肉の動き、身体の敏捷性。
加えて「加速」の瞬間に零れた、形容し難い“気”の流れ。つまるところ……“魔術”なのではないか、と。

常人離れした戦いには経験があった。クエロさんのスタイルも“一般的”とは言い難いものだったから。
義肢は兎も角、クエロさんが扱うものは神秘的で穢れのない……“奇蹟”とでも言うべきものだ。
一方で今彼女が発動した魔術は、既知の“奇蹟”とはまた異なる雰囲気を孕んでいた。積み重ねられた理論に基づく“学術”……のような。
その僅かな気配の違いが私の興味を引き立てた。クエロさんとこの女性、同じ“魔術”でありながら何故雰囲気の違いがあるのだろうか。

「……すみません、黒野さん。もう一つだけお伺いしても良いでしょうか?」

彼女に助けられた後、軽く事情を説明して私が置かれている立場を理解してもらった。
大会のため大阪を訪れたが避難し遅れ、戦いに巻き込まれた末に監督役の協力を得て聖杯戦争の元凶を探っている……と。
事情を聞いて女性……黒野さんは納得したような表情を浮かべていた。

その会話の最後に、私は抱いていた疑問を投げ掛けることにする。
気軽に聞いていいものなのかはわからない。私のような「一般人」が知っていい情報なのかもわからない。
黒野さんのような「魔術師」にとっては不都合なものかもしれない……けど、それでも尋ねずにはいられなかった。
もし答えが聞けないならそれはそれでいい。今はとにかく、込み上げてしまった「興味」を解消してしまいたい。

「先程黒野さんが戦っていた時……一瞬だけ、動きが“速くなった”ように見えました。
 あれは……伝え聞くところの「魔術」というものなのでしょうか」

……その問い掛けが後に自らの運命を大きく左右する切掛になろうとは、この時の私は知る由もなかった。

クエロさんとはまた異なる世界を生きる“魔術師”と出会った日。その世界の根底たる“魔術”に触れた日。
これは目まぐるしく移り変わる“聖杯大戦”の一端であり……私の人生に於ける大きな転機の一つである。

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