じゃらじゃらとアパートの屋上に鳴り響く、鎖の巻き取られていく音。
終端に至ってばちんと腕と腕が接合した瞬間、「ぐえっ」と苦悶の悲鳴が上がった。
床に投げ出された人影は蹲ってげほげほと咳き込んでいたが、やがて猛然と首をもたげてクエロさんを睨みつけ………。
「い、いきなりなにすっ………ぎゃあ!?代行者!?」
………睨みつけたのだが、じろりと睨み返したクエロさんを見た途端に顔色を変える。
以前クエロさんが魔術師と教会の人間は基本的に反目する仲と言っていたのが伝わってくる反応だった。
四つん這いで地上を見ていた私はそんなふたりの間ににじり寄り割って入った。空気を読んだわけではない。というかとてもそれどころではない。
「黒野さん、怪我はありませんか!?」
「え、アズキちゃ、じゃなかったアズキさんどうしてここに」
へたり込んだままの黒野さんの正面で彼女の身体を急いで確かめる。
………良かった。スーツ姿のどこにも目立った傷はない。露出している少し浅黒い肌も煤がちょっとこびりついている程度だ。
爆発によってまるでゴム毬みたいに勢いよく吹き飛ばされていたように見えたのだけれどどうやら何らかの防御を行っていたようだった。
目を白黒とさせる黒野さんの手を取って私は語りかけた。
「私がお願いしたんです、黒野さんを助けて欲しいって」
喉まで出かけた言葉を飲み込んだような表情で黒野さんは私を見て、それからクエロさんを見上げる。
私には向けたことのないような冷たい目線でクエロさんは応じながら鼻を鳴らした。
「聖杯戦争の参加者であろうとなかろうと、魔術師などいくらお亡くなりになっても一向に構わないのですが。
ですが、まぁ。彼女はあなたがマスターではないと保証しましたし、ならば監督役として保護の義務が一応無くもない気がしますので」
「………礼は言いませんよ。私は巻き込まれた被害者というわけではありませんし、私ひとりでも逃げ切ることは可能でした」
「あはー。防御用の礼装を贅沢に使っておいて余裕ですねー。このままここから投げ落としてもいいんですよぉ?」
火花が散っていそうな遣り取りに私がおろおろしかけた頃、再び轟音が耳をつんざくように迸る。
足場にしているアパートがずしりと揺れる。5階建ての屋上にいるのに眼前の虚空を火の粉が舐めていった。
サーヴァント同士の激突がかくも恐ろしいものだということは既知であっても身を竦ませる。
冷静な態度でその余波を観察していたクエロさんは目を細めながら呟いた。
「監督役が彼らの戦いに故なく干渉するわけにもいきませんから早急に立ち退いたほうが良いですね。では仕方ありません」
その台詞の気色を耳にした私の頭の中で警告音が鳴る。メーデーメーデー。凄い既視感。今からろくでもないことが起きる。
だがそれに反応するよりも早く、クエロさんは有無を言わせない剛力で座ったままの私と黒野さんを腋に抱え込んだ。
そのまま屋上の縁に足をかける。私のげっそりとした気持ちを人に伝えられないのが残念だ。
「ちょ、やめっ、何しようとして…待って、本気!?」
「ああ、嫌だなぁ………辛いなぁ………寿命が縮むなぁ…」
荷物のように抱えられて顔を青褪めさせる黒野さん、諦念からもう微笑むしかない私。
「黙っててください舌を噛みますよ」と仏頂面であっさり言ったクエロさんは次の瞬間には縁を蹴り、屋上から飛び降りた。
「きゃぁぁぁああああっ!?」
「ひゃぁぁぁああああっ!?」
重力から解放された体内の内臓が浮き上がるこの感じ。みるみるうちに地面が近づく恐怖。
うっかり漏らさなかった私のことを私は心の底から褒めてあげたいと思った。