剣道少女と図書室
2022/05/17 (火) 20:05:25
胸が迫る。比喩表現でなく、目の前に胸が迫る。
眼鏡のレンズ越しに、視界の全てを覆い尽くすほどの胸が門前に迫る。
これほどの距離となれば大きさなど些細なものだ。いや、それにしても大きい方ではあると思うけど。
不意に現れたそれを見て思わず呼吸が止まり────同時に、突沸を起こしたように心臓が跳ねる。
丘。双丘が唐突に目の前に現れた。
修道服というのは基本的に露出も無く、黒一色ということもあって起伏も目立ちにくい服装である。
クエロさんの……スタイルすらも包み込み抑え込んでしまうほど、修道服というものが秘める「清楚」の力は強い。
だが、今。目の前に迫る双丘は普段意識してこなかった「起伏」を明らかにして、「清楚」の力を刃に変えた。
向かい合い、胸が門前に突き出される。その一瞬だけで私の思考回路は……弾け飛ぶ寸前であった。
辛うじて理性を保っていられたのは、直前まで呼んでいた本のおかげであろう。
司馬遼太郎著「北斗の人」。北辰一刀流の開祖を主役とする作品で、物語中にて説かれた剣理の大宗がこの理性を救ってくれた。
「……どうかしましたか?」
「え、えっと……その、なんでもない……です」
それでも僅かに赤みを帯びる頬を本で隠し、そそくさとその場を立ち去る。
“それ剣は瞬速、心・気・力の一致なり”。一瞬の隙の中であれだけ心を乱されているようでは、私もまだまだだ。
心を鍛えなければ。何事にも平時で臨む鉄の精神を宿さねば。ぱんぱんと邪念を払うように、頬を叩いて自室へと戻る。
……それにしてもあの起伏。私もいつか、あれくらいのサイズ感を得られるのだろうか。
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