kagemiya@なりきり

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剣道少女と串揚げ 2/2 2022/05/17 (火) 17:49:31

“私、剣道の大会が終わった後は大阪グルメを食べ尽くそうって話をしていたんです、友達と。………紅生姜の串揚げ、食べてみたかったな”

共に無人の街を歩く最中、出しっぱなしで風に揺れる暖簾を見てふと呟いたのだ。言えばクエロさんがこんなふうにしてくれるかも、なんて欠片も思っていなかった。
現在の選択を後悔しているわけではないけれど、それはそれで本来ならばあり得た未来を空想してつい口にしただけだった。
返しの言葉が『食べればいいじゃないですか』で、こうしてこのようなことになっているわけだけれども。
それでも想像をする。もし聖杯戦争なんて起きず、私は剣道大会を終え、友人と共に束の間の大阪観光をしていたならば。
優勝していたならば祝勝会だったろうし、敗退していたなら残念会。それでもきっと友達たちと一緒にお腹がはち切れそうになるまで大阪名物を詰め込んで、そして帰りの飛行機に乗っていた。
きっと大はしゃぎだったろう。きっと美味しかったろう。きっと楽しかったろう。そうやって日常に戻っていったろう。
私は日常の裏に潜む非日常のことなど露ほども知らず、再び剣道に打ち込む日々を送り、高校生に進学しても相変わらず剣道を修めて、そして………。
当たり前の日常にずっと心地よく微睡んでいたはずだ。そんな感傷をあの暖簾を見た時に覚えた。
………不意に目の前の皿へ揚げ串が差し出されて我に返った。
串に刺さって揚げられていたものは私がこれまで口にしたものとは違うものだ。纏った黄金色の衣の奥で微かに赤色を帯びていた。
クエロさんを見つめる。彼女はあの特徴的な薄っぺらい微笑みで、どこかはにかむような調子で言った。

「見つけるのが遅れてすみません。紅生姜というのは私には馴染みがなくて。お漬物を揚げるという発想に思い至るまで時間がかかってしまいました」
「───。………いただきます」

串を手にとって口にした。さくりと解ける衣の感触。ぴりりと舌先を刺激する生姜の優しい刺激。梅酢がもたらす日本人が慣れ親しんだ酸っぱさ。
揚げ物なのに油っこさなんてまるで感じない、とても軽やかであっさりとした味。食べるだけで口の中がすっきりとしてくる。
いいや。正直に言おう。名物と聞いて期待したほど美味しくはなかった。決して不味くはなかったけれど、十分美味しかったけれど、なるほどこういうものか。そう納得する程度の味ではあった。
これが年齢を重ねて油がキツくなった頃に食べればまた違う感想があるのかもしれない。プロが揚げればこの程度ではない、更に信じられないくらい美味しいものかもしれない。
だがまだ14歳の私からすればこれでもかというほど脂っこいものでも美味しく感じられる。
だから物足りなさみたいなものを覚えたかといえばそれはそうであり───そして、それらを圧倒的に凌駕する形で満足感が私の心に押し寄せていた。

つい微笑んでしまう───気遣ってくれたんだ。私のことを。クエロさんなりに。
この人は人の気持ちを慮ることについては不得意だ。いや、鈍感と言ってもいい。それはこうして共に同じ時間を過ごすようになってきて分かるようになったことだった。
型にはまった定型的な感情の遣り取りならば無難にこなせるが、より個人的で複雑なものになると判断が及ばない。横にいた私がフォローすることがあったくらいだ。
以前その理由をクエロさんは少しだけ話してくれた。
“───私は感情過多の反対、感情過小なんです。喜、怒、哀、楽。当たり前に人が感じるそれを当たり前に感じることができない───”
その時の申し訳無さそうなクエロさんを見た時の感情は、不思議と憤りだった。
どうしてあなたのような凛とした人が、そんなことでさも悪いことでもしたかのようにびくびくと怯えているんです。ちょっとくらい人の気持ちが分からないのが何だっていうんです。
私だって剣道部の後輩と意思疎通が上手く取れず悩むくらいそれは普通のことなのに、そんなことで───そんなことで、そんな辛そうな顔をしないで欲しい。
だから、そんなクエロさんがきっと彼女なりに一生懸命考えて私のことを気遣ってくれたこと自体が、びっくりするほど嬉しかった。
そこには気遣い上手では与えることの出来ない、不器用な人の不器用な気持ちがあったから。
彼女が揚げてくれた紅生姜の串揚げを、最後の一欠片を嚥下するまでじっくりと私は味わった。飲み込んでからクエロさんをカウンター席からじっと見つめて言った。

「美味しかったです。ありがとうございます」
「そうですか。まあ、そういうことでしたら。お粗末様です」

正面から礼を言ってもクエロさんは何も変わらない。次の分の串揚げの用意をし始めるだけだ。
いつもと変わらない、ただ穏やかなようでぎこちなさが薄っすら漂う返事。そこに微かな照れがあったと思ったのは私の気のせいだろうか?
追加の豚串をフライヤーに放り込みながら、ぼそりとクエロさんが呟いた。

「………次はお魚が駄目になる前にお寿司屋さんですかね」
「えっ」

───結局、あの大量のバッター液とパン粉が全部無くなるまで串揚げは揚げられ、私とクエロさんは食べまくった。
店を出る時にレジへ書き置きとともに入れられた数枚のお札は全部経費で落ちるということなので私の罪悪感は軽減されたのだった。

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