「なぁんだ。そんなの食べればいいじゃないですか~」
………などと、私のぼやきにクエロさんがあっけらかんと答えたのが10時頃のこと。
それから2時間後。唖然とする私の目の前でクエロさんがちょっとした無茶をやらかそうとしていた。
「ちょ………いいんですか!? こんなことして!?」
「いいんじゃないでしょうか~。冷蔵庫こそ稼働しているとはいえ、食品はそう遠くない内に駄目になってしまいますし」
さもまっとうなことを言ったとばかりにあっけらかんとしたクエロさんが冷蔵庫を物色する後ろ、フライヤーがぐつぐつ音を立てている。
小さな串カツ屋のフライヤーである。先程クエロさんが油を注いでガスコンロへ手慣れた様子で火を入れてしまったのである。
言うまでもなく不法侵入である。店に誰もいないのだから仕方ないとばかりに、あまりにも堂々とした我が物顔なのである。
鍵が開いているのをいいことにずかずかと無人の店舗へ乗り込んだクエロさんはやりたい放題し始めちゃったのである。
はわわ、と戸惑う私の前で冷蔵庫に保管されていた食材が次々と取り出されていっていた。
適当に取り出し終わると卵と小麦粉も出してボウルにぶちまけ、バッター液を作り出してしまう。あああ、そんなにたくさん。
「わ、私ん家は前にも言った通り仏教徒なんですけどっ! そちらの神様的にこれはアリなんですかっ!?」
「あはー。対価さえ置いていけば泥棒にはなりませんよ。ほら、主がお恵みくださった糧を無駄にしたらそれこそ罰当たりです。
だから大丈夫だいじょーぶ。はぁい、じゃんじゃん揚げていきましょうね~。あ、キャベツ食べます? 日本のパブではお通しと言うんですよね」
「しょうもない! 気付いてたけど! 薄々気付いてたけどこの人しょうもないっ!
仕事以外のことになるとこの人すっごくしょうもなくなるっ! あーあー、パン粉もそんなにいっぱい出してっ!」
なんて言っている間にクエロさんは豚肉やら海老やら蓮根やらに串を通すとバッター液とパン粉を潜らせ、ひょいひょいとフライヤーに投げ込んでしまった。
途端にぱちぱちと食材が揚がっていく美味しそうな音が店内に響き出す。同時に私の空きっ腹が串カツモードへとフォームチェンジする。
もう駄目だ。串カツを食べなければ心が歪んで人間ではなくなってしまう。揚げ物ビーストになってしまう。
畜生。もう知るか。私はあらゆることを受け入れることにしてザク切りにされたキャベツをお店の秘伝のタレ(2度漬け厳禁!)につけて齧った。
くそう、美味しいなぁ。ただキャベツをタレを塗しただけなのに何でこんな美味しいのかなぁ。
………しかし、カウンターの奥で修道服姿のお姉さんが串カツを次から次へと揚げている姿は目がちかちかするほど似合わないなぁ。
「うん。ちょうどいい頃合いですね。はい、揚がりましたよ。
えーとぉ、これが豚でこれが椎茸、これが海老で、あとは蓮根に帆立に茄子………それからぁ」
「手当たり次第に揚げたんですね! やったぁ美味しいそうだなぁ! いただきます!」
私の目の前へどんがどんがとお祭りのように盛られていく串カツたち。
最早ヤケクソだ。揚がっちゃったものはどうしようもない。知ったことか、どうとでもなれ。
私は日本人である。日本人は海老が大好きである。なので海老の串を手に取るとこれでもかとタレの入った缶に突っ込み、一口でぱくりと咥えた。
途端、押し寄せる滋味。歯を押し返してくる海老の身のぷりぷりとした弾力。タレの何重もの層となって襲い来る奥深い味わい。
そう。これだ。これが食べたかった。本当は、友人たちと。
「───………美味しい」
「あはー。そうですかぁ? どれ、私も試しに………、うん、ちゃんと揚がってますねぇ。
どんどん食べちゃってください。冷蔵庫の中にあるもの、手当たり次第に揚げてしまうので~」
揚がった茄子をタレにつけて頬張り、満足気に頷くクエロさんを後目に豚串をチョイス。
もう止まらなかった。私は腹が減っていた。うおォン、私はまるで人間火力発電所だ。
たぶん本当の職人が揚げるものからすれば稚拙な出来なんだろう。割と料理上手ではあるが、さすがのクエロさんも揚げ物調理のプロじゃない。
でもそういうことじゃない。その時の私にとってはそれはそういうことではなかった。
クエロさんが揚げていくものを次から次へと口に運ぶ。自慢じゃないが、私は物心ついた頃から激しい剣道の修練に打ち込んできた身だ。
当然物凄い体力を消耗するので常人の摂取カロリーでは到底追いつかない。必然食事で補うことになる。結果胃袋が鍛えられる。
おまけに食べ盛りだ。ご飯が炊けていないのが惜しかった。その分、まるで飲み物のようにするすると串カツは腹の中に収まっていった。
何本目だったろう。ブロッコリーの串揚げ(これがタレをたっぷり吸って馬鹿にできない美味しさ)をばりばり咀嚼しながら思った。