「どうぞ、カレーです」
カレー。
差し出されたお皿には、若干の赤みを帯びたカレーが盛り付けられている。
……カレー?予想していなかった献立に思わず思考がループする。うん、このスパイシーな香りは間違いなくカレーだ。
一般的なカレーと比べて、ルウの粘度が控えめだ。
スープとルウの中間。ライスの間をすり抜けていく程度の水気だが、完全な液体というほどのものでない。
具は大きめにカットされたレンコンやサヤインゲン、そして牛肉。
一見すれば「家庭のカレー」とはかけ離れた、本格的なカレー屋で作られたような見た目である。
そのクオリティもあって二重に驚かされる。これ、いつの間に作ったんですか。
「……い、いただきます」
しかしこの赤色に若干の躊躇いを覚える。
先日、想像を遥かに超えた辛さの麻婆豆腐でノックアウトされたばかりな私にとって……この赤さは、怖い。
口内の傷も癒えていて多少の辛さであれば耐えられるだろうが、最悪傷口が開きかねない。
恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
カレー自体は好物の一つだ、よほどの辛さでなければ問題はない─────っ。
「………………こ、これは」
美味しい。とても美味しい。
見た目通りスパイシーな香辛料の風味でありながら、ただ辛さだけがあるのではなく
それを包み、刺々しさを緩和させる爽やかな風味……レモングラスの香りが良く活きている。
唐辛子をベースとする辛味と柑橘系の酸味に、もう一つ。このコクは……ココナッツミルク?
辛味と酸味の相乗効果の中に甘みというエッセンスが加わることで、奥深い味わいを強く醸し出している。
遅れて広がるのは牛肉の旨味。想像していたカレーよりもエスニックな風味だが、途轍もなく美味しい。
勿論見た目通りの辛さもある。一通りの味が過ぎた後、一足遅れて辛さが駆け込んでくる。
しかしそれは突き刺すような「痛み」でなく、辛さという確かな「味わい」だ。
辛い、辛いが美味い。口に広がる辛さを打ち消すべく、もう一口が食べたくなる。
初夏の蒸し暑さすらも吹き飛ばしてしまうような爽快な辛さ。
同じ汗には変わりないはずなのに、寝起きの汗とは比べ物にならないほど爽やかな汗が込み上げる。