kagemiya@なりきり

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剣道少女 <幕間> 2022/05/11 (水) 17:55:21

誰かに手を繋がれて帰るなど幼い頃以来だった。
シスターさん………ううん、クエロさんがぐずる私のとぼとぼとした歩みに歩調を合わせてくれた。
5月の真夜中の風はまだ冷たく、人っ子一人いない街並みはまるで影絵で作られた出来損ないのよう。
月の光で不気味に濡れたアスファルトを踏んで歩いていると、まるで世界中の人間が死に絶えて私たちだけが生き残っているかのようにうら寂しかった。
遠く離れた私たちの背後ではまだあの“戦い”が続いているのだろうか………。

赤く腫らした目でクエロさんのその後ろ姿を見ていると、ふと想起されるものがあった。
───母だ。この人にはどこか母の面影がある。
私はいつも集中する時に決まって浮かべるイメージがある。冷えた鉄、煌々と燃え盛る炉。
鉄を焚べ、鉄を打つ。繰り返し鍛えて強靭な刃に作り変えていく。私がそうだし、おそらく父にも似た気配がある。
だから私の妥協を許せない精神性はたぶん父譲りだ。良くも悪くも父に似ているとたまに言われるのはそういうことなんだろう。
けれど母は私たちとは違った。あの人は熾火だ。
外からはほんのりと赤く色づいているだけに見える。分かりやすく燃えることは無い。
だが芯の部分は高温の炎で真っ赤に色づいていて、しかも消えずにいつまでも熱を発し続けている。
近くまで寄ってみて初めて知るのだ。それが物凄い温度を破裂させないまま緩やかに保ち続けていることに。
あれだけ厳格な父がいざという時に母に逆らえないということは何度もあった。
表面上は穏やかながら、決して曲がらず凛としていて、惚れ惚れするほどに気高い。
クエロさんの背中にはそんな母の姿が重なって映った。
ああ、そういえば物心ついた頃にこうやって手を引いて家まで連れて帰ってくれたのもお母さんだったっけ。
先程は万力のような途方もない力で私の首根っこを掴んでいた指は、こうしてみるととても繊細だ。
ほんの少し力を込めてその指を握り返した。ややあって、クエロさんも少しだけ強く握ってくれた。
特に何も語りかけず黙って歩いてくれているのが泣き疲れた心に優しかった。

人の肌の温度を全く感じない無機質な指。人間の肉ではできていない腕。きっと作り物の身体。
けれど私の指はそこから心強い安心感を覚えていた。冷たさ(あたたかさ)が確かにそこにはあったのだ。

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