先程の姿が白と黒のコントラストで彩られたアートであれば、今の姿は淡い色調の映える水彩画か。
白い肌にほのかな桃色を帯びる唇、逢魔時の暮れた空を思わせる青色の瞳。それらが織りなす端正な顔立ち。
これより下には目を移せない。映してはいけない。込み上げる好奇心を鉄の理性で繋ぎ止める。
湯船が比較的広く、肌と肌が触れ合うような距離でなかったのが幸いした。
人一人分の間を空けて湯に浸かる二人。私はと言えば、水面から下に目を向けぬように視線を泳がせている。
そんな私の様子を怪訝に思ったのだろうか。シスターさんは少し首を傾げると、空いていた距離を詰めて私の側へ。
……えっ?移動に伴って生じた水流を肌で感じる。直ぐ側に人がいる、という感覚を身を以て味わっている。
突然のことで思わず驚きの表情を浮かべてしまう。そんな私の顔の側まで、シスターさんはその瞳を近づけて
「……随分顔が赤いですねぇ。少しお湯の温度下げましょうか?」
澄んだ瞳の、その奥まで見えてしまいそうな距離。
近い。逃げられない。私の背後にあるのは壁、顔を仰け反らせることも後退することも難しい。
そしてシスターさんは屈んだ状態のまま、私────の横にある蛇口へと手を伸ばす。
壁際で、顔を迫らせて手をつく形。この構図に見覚えがある。そうだ、これは巷で噂の……壁ドンなるシチュエーション。
顔だけでなくいろいろなものが近い。吐息の音すらも聞こえてきそうな至近距離。
この一瞬がずっと続いてくれたら、なんて。
沸騰した思考回路が脈絡のない事を……或いは、理性で誤魔化された本心を露わにする。
「これ以上」はなくていい。この一瞬を切り取って、何度も何度もアルバムを開いては見直していたい。
不思議と鼓動は落ち着いている。けれど体温は急上昇、頬の火照りも治まらない。
温度を1℃上げてしまいそうなほどに上気する身体。至福のままに意識が飛びそうに────
あっ。駄目だ、このままだと不味い。脳内に掛けられた最後のアラートが鳴り響く。
「あ、あのっ…………ち、近い……です」
思考を断ち切るように目線を逸らし、絞り出すように言う。
私の言葉を受けてシスターさんは一瞬驚いた様子を見せ、改めて二人の距離に気が付くと
その白い肌をほのかに赤く染めて、元いた位置から少しだけ離れた場所に座り直す。
…………少しだけ勿体なかったかも。
先程よりも2℃ほど高まった湯船に浸かりながら、私は最後の未練を反芻するのだった。