教会の裏庭の空気を竹刀が弧を描いて裂いた。
柄の鹿革は今日もしっかりと手に馴染む。握り慣れた質感だった。
振り下ろされたそれをまた振り上げながら後ろに下がり、地面に足がつくと同時に振り下ろす。
竹刀の切っ先はイメージ通りに残影を描きながら鋭く虚空を斬った。
私が剣道を始めてからもう数え切れないほど行ってきた素振りの稽古だ。
本当は朝食の前にするのが日課だけれど、今日は街に出たりシスターさんに捕まってお説教されたりして時間が潰れてしまった。
その分を補うように無心で竹刀を振る。異常な事態にあるからこそ怠るわけにはいかない。
“危険”の気配は今朝の街で肌に感じた。もしかしたらこの竹刀に自らを託すことになるかもしれないのだから。
身体を動かすとあちこちがずきずきとまだ痛むけれどそれよりも稽古をしないことの方が気持ち悪かった。
それに、竹刀を振ると心が落ち着く。
剣は好きだ。柄を握ってぴたりと剣先を正眼に置くと、かちりと何かが嵌まる感じがある。
私の純度が上がる、というか。あるべきカタチになった気がする、というか。
そんなことを友達に話したら『前世が侍だったんじゃないの』と笑われもしたけれど。
竹刀を振ろうとした足捌きが止まる。扉が開く音が耳に届いたからだ。
裏庭に出てきたのはシスターさんだった。私が竹刀を握っている姿を見てきょとんとしたが、すぐに微笑んだ。
「あら。邪魔してしまいましたね~。気になさらず、どうぞ続きを」
「は、はいっ」
促されて再び竹刀を構える。基本となる前進後退の素振りを繰り返す。
………のだが、シスターさんが立ち去らない。竹刀を振る私の姿をその場でじっと見つめていた。
さすがにちょっと気まずい。つい手を止めてシスターさんの方を向いてしまう。
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