夜の帳を曙光が切り裂いていく。それによってくっきりとした輪郭を取り戻しつつある、難波の街並み。
全く人気のない街路をきょろきょろ見回しながら歩いて行く少女を見つめる眼差しがあった。
「───困った子ですねぇ」
呟きは遥か天上から。8階建てほどのマンションの屋上だ。
人が立ち入るようには出来ておらず、故に落下防止用の柵もない縁にクエロは腰掛けていた。
膝に肘を突いて頬杖をしている。ちょっと体勢を崩せば落下死するというのにリラックスした格好だった。
夜明けの風に足と服の裾を遊ばせながら、ふらふらと街を彷徨う少女───鴈鉄アズキを視線で追っている。
もちろん目的は彼女にある。保護した少女が何をしようとしているのか監視するためだ。
アズキが夜明け前にこっそりと教会を抜け出したのは勿論クエロにはバレていた。
教会の外に出ること自体はいい。だがクエロに気づかれないように振る舞った、というのは咎めねばならない。
クエロはひとまずアズキのことを巻き込まれた一般児と認識していたが、実は聖杯戦争の参加者たちと繋がりがあったとなれば話は別だからだ。
そうとなれば聖杯戦争の監督役として対応を変えねばならない。
保護するということの意味合いも変わってきてしまう。
そういうつもりでアズキに気づかれぬよう密かに追ってきたのだが───
「どうやらそういうわけでもないようで。………私の考えすぎだったかな」
独り言は誰に伝わるわけでもなく、屋上に吹く風に紛れていった。
アズキは誰かとコンタクトを取るでもなく、無人の大阪の街を歩き回っている。
これが往時ならばこの時間でも既に人通りがあって、アズキはそんな目覚めたばかりの街を楽しむ観光客でしかなかっただろう。
では、アズキは何故こんなことをしているのか。
………情動の薄いクエロは他人の気持ちを類推するのが苦手だ。