「……テスト、テスト」
画面に大きく映し出される暗がり、後に顔。
しばしピントが調整され、1秒もしない内に不織布マスクを着用した明るい茶髪の女性にピントが合う。
太陽をもしたヘアピンが特徴的なその女性は、カメラに目を向け二言三言呟いた後。
「はいどーも!えーとですね、あたしは今大阪に来ています。
まあ大阪に住んでるから来てるっていうのは語弊があるけど……あー、今の無し。このテイクはカットで」
唐突に途切れる映像。
その後もう一度カメラが始動し、今度は初めからピントを合わせた状態で女性を捉える。
所謂「自撮り」の構図。恐らくはスマートフォンと思われる端末で、彼女は己にカメラを向けて言葉を続ける。
「はいどーも!みんな大好きサイ子ちゃんでーす。
今日はねー、地元でヤバい祭りがあるから来てみちゃいました!でもさー、今人っ子一人いないんだよね。見える?」
カメラが反転、ズームで顔を写した構図から背景を捉える構図に切り替わる。
映し出されたのは、彼女の言通り「無人」と化した繁華街。
軒を連ねる飲食店。所狭しと並ぶ看板。そのビルの合間からは、聳え立つ“タワー”が覗く。
そこは新世界。大阪の代名詞ともいうべき一大観光地が……今は、異様とも思えるほどに静まり返っている。
観光客も店員も、誰一人として存在しないがらんどうの街並み。
「いやー……観光シーズンなのにこんな誰もいないとか怖すぎ。
ホントは生放送したいんだけどねえ、なんか通信制限がかけられてるせいで録画しかできないんだよね」
歩きはじめる女性に合わせ、カメラの映像もスライドしていく。
串カツ屋、お好み焼き屋、たこ焼き屋。本来なら多くの人で賑わう店も、今はただ静寂が支配する。
再びカメラを自分に向けると、怪訝な表情で不満を溢しつつ一つの店に入り込む。
「すいませーん、誰か居ますかー?」
無言。
響くのは稼働し続ける空調と、テレビからの笑い声。
どうやら串カツ屋であろうその店は、明かりも灯った状態で「営業中」であることを示しているが
店内にも厨房にも人影はなく、テーブルの上は綺麗に片付けられている。
例えるなら「営業開始直前」で放置されているような状態だ。
「うーん……電気は通ってるんだね。インフラは健在なのかな。
水道も…………出る。ガスは……使える。えーと、じゃあ食材……おー、しっかり残ってる」
人の不在を確認すると、女性は悪びれもなく厨房に侵入する。
その後蛇口を捻って水が出ることを確認し、コンロを点して火が付くことを確認し、業務用冷蔵庫に食材が詰まっていることも確認した。
一瞬にして人が「消えてしまった」かのような雰囲気に、思わず息を呑む。
「……すご。市長は不発弾の撤去のためとか言ってたけど……ほんとに皆逃げたんだ」
そう。彼女はこの「人が居ない」事の原因を知っている。
もしこれが不意に訪れた状況であれば、女性はもう少し慌てた様子で常時カメラを回していただろうが
ある程度の理解と知識を持つがゆえ、俯瞰した立ち位置からカメラを通し状況を「伝えて」いるのだろう。
数日前、大阪市を対象として大規模な避難勧告が発令された。
市長曰く……太平洋戦争にて米軍が落とすも炸裂しなかった、原子爆弾の不発弾が発見されたと。
もし炸裂した際には大阪市全土が更地となりかねず、犠牲を避けるため市民全員に避難勧告が下されたのだ。
結果、僅か一日で大阪市民270万人が市街へと対比し、厳密な通行規制が掛けられ「無人の街」へと変貌した。
だが、それがあくまでも“カバーストーリー”に過ぎないということを……彼女は理解している。
「────ねぇ皆、聖杯戦争って知ってる?」