これは平和になったカルデアでの一幕。
食堂の一角、いまでは定位置となった彼女らのスペースでは今日も小競り合いが繰り広げられている。
「しかし随分と長い前髪だな。髪質は良いが……これだけ長くて前は見えているのか?」
「別にいいでしょ。どうせこっちの目は殆ど見えてないし、サーヴァントに散髪とか無意味すぎるし」
サイダー片手にぶっきらぼうに答えるコスモスと、その前髪を指先で軽く梳くメンテー。
ごく近い距離まで迫られても特段変わった様子を見せないのは、両者を結ぶ信頼の現れ故か。
或いは反応するのも面倒だと諦めているだけか……表情を見るに、後者である確率が高い。
「む……ならばこうするか。この私のように、これをこうして――――」
「は!?ちょ、ちょっと何してんの!まだ飲んでる途中――――」
身を乗り出して目の前まで迫ったメンテーに対しては思わず声を荒げてしまう。
予想打にしない行動に吹き出しそうになったサイダーをすんでのところで抑え、迫る彼女を退かそうと試みるが……
時既に遅し。僅か数秒の内に目的を成し遂げたメンテーは、満足げな笑みを浮かべて席に戻る。
「切るのも面倒だというなら、こうして抑えておけばいい。
ちょうど髪留めが余っていたからな……君と同じ名の花飾りだ、これで少しは飾り気が出るだろう」
その笑顔の前には、対象的に不貞腐れた――やや恥ずかしそうな――表情。
普段は前髪で隠された右目が露となり、朧げな瞳孔は所在なさげに泳いでいる。
「…………“あたし”の性格と身長でこの花の髪飾りはちょっとキツくない?
第一再臨の衣装ならまだしも……スゴい浮いてるっていうか、なんか……恥ずかしいんだけど……」
こみ上げてくる照れを隠すためか、向上し始める体温を抑えるためか。
7割ほど残っていたサイダーを急激に飲み干し、残り1割といった所まで減らして小さくぼやく。
整えられた前髪とそれを抑える淡い紫色の髪飾りを触り、慣れない開放感を覚えながら……
「まあでも……悪くはない、かもね」
広がる視野、いつもより明瞭に映る景色を見渡し、満更でもないと言い残す。
何よりも、初めて友人の顔を真正面から見据えることが出来たから――――等というのは、流石に浮かれ過ぎだろうか。
「…………ああ、あとどうでもいいことだけど。
あたしたちの名前の由来は花のコスモス(cosmos)じゃなくて、宇宙って意味の「コスモス(Космос)」だから」
「………………そう、だったのか」