─────
廃墟のすぐ近く、茂みに隠したバッグを取り、表通りに出る。幸か不幸か、底の方は多少濡れているが、教科書は無事な範囲だろう。
……そう言えば、傘を持っていない。普段から持ち歩いていないし、持って来ることもなかった。
別に濡れる事自体は気になどしないが、やはり面倒くさい。そう思いつつ、そのまま帰ろうと踵を返した瞬間、彼女を呼び止める声があった。
『……あれ、ステラ先輩?』
自分をその様に呼ぶのは、数人しか心当たりが無い。振り返ると、傘の下に見知った顔があった。
それは彼女がこの街で拠点とする学校の生徒。企図せずよく話すようになった、一つ下の後輩だった。
「支くん」
それなりに降っている雨粒の中で、平然と歩いている彼女を怪訝に思ったのだろう。
彼は彼女の姿を上から下まで見た後、少し気まずそうに目を逸らしながら、彼は質問を投げ掛ける。
『どうしたんですか?傘も差さないで……』
「……ああ。傘、持ってきてないから。」
『えっ。予報で言ってましたよ、16時からどしゃ降りだって。』
「うち、まだ新聞取ってないし。」
『……テレビは?』
「あの箱?ないよ。」
『……。』
彼は分厚く空にかかった暗雲を、傘の下から一瞥する様子を見せた。彼女もそれに合わせて上を向く。見れば、空の色はつい数分前より濃い灰に代わっていた。
……なるほど、確かにこのままでは土砂降りになるだろう。
「ほんとに強まりそうね。急いで帰らないと。……じゃ。」
『あ……待ってください。』
再び歩き出そうとした時、彼はまた彼女を呼び止めた。彼女は背けかけた首を戻し、続きを言いよどむ彼の顔を、端正で小さな顔に嵌められた、輝く緑の瞳でもって不思議そうに覗き込む。
数拍ののち、彼は手に持った傘をやおら彼女に突き出しながら言った。
『あの……良ければ、入りますか?』
「傘?良いの。」
『はい。先輩なら……』
何が自分ならなのかは分からないが、教科書が濡れるのはまずい。……断る理由はないか。
「……じゃ、入れて。」
濡れた金の短髪をかき上げながら、軽く首を下げ、傘を持つ彼の左隣に入った。