僕の在り方は揺らがない。揺るがせない。たとえ美影さんに望まれようと、その一線だけは越えさせない。
僕の言葉を聞いた美影さんは、眉間の皺をほんの少し深くした後。
「そう。わかったわ。だったら、貴方が夢を諦めるくらい、私に夢中にさせてしまえばいいのね」
そう言って、僕の唇を奪ってきた。
「んん!?」
それは迷いなどない即断即決の動きで、のけぞることもできなかった。確かに話の発端は抱く抱かないだったけれど。
抑えつけるようなキスの感触に脳を蝕まれる。
頭のどこか冷静な部分で、これはファーストだったっけか、美影さんのまつ毛長いなとか考えながらも、体が動かない。
客観的に見たらおよそ10秒ほど、体感で1時間経ったあたりで、解放される。
「み、美影、さん。今、のは」
呼吸が乱れる。息が上手く吸えない。酸素を求めているのか二酸化炭素を吐き出したいのかわからない。
狼狽する僕とは裏腹に、美影さんは虚ろな眼で、蠱惑的に笑っている。とても珍しい笑顔だったが、それに感動している余裕はない。
「襲ってくれても構わないのだけど?」
再びの誘惑。
「だから、それは、」
「構わないのだけど?」
三度。
そこにさっきまでの幼稚な必死さは無かった。男を誑かす毒婦というよりは、沼地に引き摺り込む妖怪と言った雰囲気。
どうやら美影さんの中ですでに結論は決まっていて、後は今から夜明けまでの数時間、僕をひたすら誘うつもりらしい。
逃げ出させくれるとも思えない。
正直もう理性もだいぶ限界に達していて、ふと気を抜くと豊満な胸部に眼が行きかけてしまう。
嘆息しながら己の運命を受け入れる。ここから違うルートに行きつく未来が想定できない。
「わかったよ。僕も覚悟を決める。だけど、その、やるなら僕が襲うとか、僕を繋ぎ止める対価じゃなくて、ちゃんと、恋人としてだ。そこだけは、しっかりしよう」
「なら、もう一度囁いてちょうだい。私に、愛の言葉を」
そう言う美影さんは本当に楽しそうで、今まで見たことがないほど満たされた顔つきで。
それを見たらもう、躊躇とか照れとか、どうでもよくなってしまった。
「愛しているよ、美影さん」
「ええ、私も愛しているわ」
僕らはどちらともなく再び口を合わせ、そのまま流れるように布団の上に倒れ伏していく。
ここから先は未知の時間。
愛を証明しながら、愛に溺れないための儀式。
僕と美影さんが、初めて結ばれた話。