不機嫌そうな彼女の声を聞いてようやく正気に戻ったのか、呆けていたスタッフがこちらによってくる。
お怪我はありませんか。申し訳ありません。今タオルを持ってきますので。休憩室にご案内いたします。
そんなふうなことを複数人に言われてスタッフ専用通路を通り医務室のような休憩室のような場所に案内される。
お着替えになりそうなものを持ってきますと言われたが、僕は水さえ拭けば大したことが無さそうなので断る。
久遠美影も、
「知らない服は着たくないわ」
と拒絶。
代わりと言わんばかりに大量のタオルを押し付けられ、席を外してきますので何かありましたらお呼びくださいとの言葉を残して彼らは去っていった。
後には濡れ鼠の僕と久遠美影。
流れるように流れに身を任せてしまったが、さて。こうなってしまってはデートも失敗と言う他無いだろう。
「ごめん、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」
「なぜ謝るの。貴方がやったわけではないでしょう。責任の伴わない謝罪は、むしろ不快だわ」
「いいや、これは予測できた事故だ。僕の想像力と危機管理能力の欠如が招いた結果でしかない。僕はキミを楽しませると言ったんだから。約束を果たせなかったら、それは王に相応しい人間じゃない」
「ああ。そうだったわね。私はなかなか楽しめたのだけれど」
「は?」
「初めて見るものばかりで、ええ。悪くなかったわ」
そういう彼女の顔は、ほんの少し険が取れていた。
驚いた。
確かに久遠美影はやけに熱心に生物たちを眺めてはいたが、それはあくまで暇つぶしの一環程度だとばかり思っていた。
新しいものは楽しいし、見慣れたものは安心する。それらは両立できる、ということなんだろうか。だとしたら、僕が想定していたよりも、彼女の精神性は普通の人間に近いのかもしれない。
「そうか、それなら良かった。でも、後始末の手伝いくらいはするよ。つまり、そう
僕は一通り自分の身体を拭き終え、さて和装の久遠美影は未だひどく濡れているだろう、触れられるのを嫌がられなければ髪くらい拭いてあげようかと、後ろを振り向いたところ。
久遠美影は、着物をはだけて白い襦袢姿となったいた。
大量に浴びた水は襦袢にまで達していたようで、そうなれば当然その裏にあるものまで透けて…。
「…………席を外すよ、服を着たら呼んで」
「なぜ?後始末を手伝ってくれるのでしょう?」
「いや、でも」
「私に嘘をついたというの」
さっきまでの緩やかな空気はどこへやら。うろたえる僕を睨みつける眼は見慣れたいつものもので、心中の苛立ちを隠そうともしていなかった。