kagemiya@なりきり

MELTY BLOOD企画SSスレ / 28

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美影ルート・支と美影・デート・本番(1) 2024/02/20 (火) 22:11:42

屋敷を出ると、門の前にはタクシーが停まっていた。街を空車で走り回り、駅前のロータリーで客を待ちながらおじさん運転手がタバコを吸っているような見慣れたものではなく、送迎専用と思われる少しばかり変わった意匠のものだった。
運転手の言い振りから察するに、どうも久遠家の人間が呼び寄せ金を支払ったらしい。
直系の継子に誰もつけず送り出すのは憚られるが、あくまで脱走という名目であるため自前の車を出すわけにもいかない。あるいはお抱えの運転手ですら、久遠美影とは関わり合いになりたくないのかもしれない。
その上での折衷案。
歪で矛盾だらけな対応だが、こちらとしては助かる。好意に(あるいは害意に)甘えさせてもらおう。

久遠美影は目立つ。
久遠の家系ということを差し引いても、女性としては高い身長、高級な和服に身を包み、色の抜けた長い髪、息を飲むような美しい顔。所作の一つ一つが流麗で、癖を消し去り礼儀を弁えたその姿は、凡俗とは住む場所が違うのだと声高に主張しているかのよう。
そしてなにより、&ruby(それらを塗り潰す圧倒的な存在感){・・・・・・・・・・・・・・・}。
あまりに巨大すぎて、一般人なら直視することすら無意識に避けるだろう。
それならば逆に目立たないと言えなくもないかもしれないが、結局その場において特異な存在として扱われることに変わりはない。
ならば人目に付く頻度は極力下げ、お忍びという体で動くほうが皆が幸せになる。

僕と久遠美影は車の中で言葉を交わさなかった。
それは彼女との会話を他人に聞かれることがあまり良くないと判断したからだが、後になって思うと、はじめてのデートで緊張をしていたのかもしれない。

40分ほど車に揺られた後、目的地、夜観ウォーター・パークについた。
プールみたいな名前をしているが、これでも夜観市にある唯一の水族館である。
周りに海が無いためか、大規模な巨大水槽や海水の生物は少ないが、規模自体はそれなりに大きく、端から端まで回れば朝から夜まで潰せるだろう。
休日の娯楽施設にも関わらず人影はまばら。本気で運営が大丈夫なのか心配になってくる。

入場券を受け付けの青年に渡す。駅の自動改札のドアの部分が、回転する3本の金属の棒に置き換えられたような特殊な入り口を通る。
一人ずつしか通らせない仕組みになっていて、遊園地なんかに使われているものと同じだった。

「美影さん、どこから回ろうか。何か見たいモノはある?」

建物の中に入ってすぐに、斜め後ろを歩いてきた久遠美影に声をかける。

「任せるわ。貴方がえすこーとしてくれるのでしょう?」

およそ45分ぶりの彼女の発声は、つれない返事だった。
にべもない。
最も、全力で楽しませると言ったのは自分なのだから、そこに文句を言うのは筋違いだろう。
それに、水族館を回るルートにそう種類もない。
入り口の棚から取ったパンフレット(ご自由にお取りくださいというやつだ)を見ながら、脳内で組み立てを行う。
元々目星は付けていたため、十数秒ほどすれば方針は固まった。いくら久遠美影だろうと性別は女の子。
自然を細かに再現したような水槽よりは、派手で見栄えがしたり可愛らしい生き物の方が好みだろう。

「じゃあ美影さん。まずは━━━」

そうやって即興で練り上げたプランを話そうと後ろを向くと、すでにその場に彼女の姿は見えなかった。

「あれ」

目を離したのはほんのわずか、慌てて周囲を見渡すと、すぐに見慣れた和服を発見する。暗い館内でも、さすがに人間が一人でいれば見つけることは容易だった。
彼女がいた場所は、カサゴの水槽の前。
水族館に入り、一番最初に目にする位置にあるものだった。
それをじぃーっと、まるで有史以前からそこに立っていましたとでも言わんばかりに立ち尽くして目を向けている。
もしカサゴに物を考える知性と、何かを崇める信仰心があるとしたら、彼は己と彼女を隔てるアクリル板に多大なる感謝と祈りを向けていることだろう。
今にも眼から光線が出そうな怪獣ミカゲに触れるのも憚られたが、かといってそのまま眺めているのはそれはそれで不誠実というもの。

「その魚、気になった?」
「いいえ。けれど、初めて見るものだったから」

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