kagemiya@なりきり

MELTY BLOOD企画SSスレ / 27

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美影ルート・支と美影・デート・導入 2024/02/20 (火) 22:08:02

「美影さん、デートに行こう」

そう切り出した言葉は震えてなかっただろうか。
久遠家の奥深く、厳重に施錠された座敷牢の奥に僕は語りかける。正確には、厳重に施錠されていた、という過去形だが。

「でーと?」

聞こえてくる声は、間の抜けた響きとは裏腹に、とてもよく通る美しい声だった。その音は確かに一方向からしているのに、あらゆる位置から問われているような、そんな支配的な声。
その声の主は久遠美影。
一週間前、僕がヴィルヘルミナと別行動をしているとき、ちょうど彼女が、死者を『砕く』瞬間に出くわした。
その時は僕もあまりの恐怖と興奮と何やらわからない感情に押しつぶされそうになったが、今は良い。
とにかくそれ以降、時間ができるとこうやって彼女に会うために足しげく通っている。

「デート、男女が一緒に出歩くことだよ。社会常識に欠けているどころじゃあないな、俗語だけど、聞いたこともないのはいくらなんでもおかしいだろう。デートという言葉がわかりづらければ、散歩と言い換えてもいい。行き場は決まっているけれど」
「散歩なら好きよ。けれど、今はお昼でしょう」
「それは重畳。夜に散歩するからって、昼間に遊んじゃいけない道理は無いだろう。ここしばらくキミを見ていたけれど、この時間は何もせずぼうっとしているだけじゃないか。それはあまりにも━━もったいないよ」

実際、久遠美影という脅威を理解するために観察を始めてから、彼女は昼間のこの時間、何もせずに日がな一日座って虚空を見つめているのだ。
これではわざわざ時間を割いている甲斐が無い。多少強引にでも状況を動かさなければ、久遠美影という人間が見えてこない。
それに、もったいないと言うのも嘘では無い。

「そうかしら、私はこれで満足しているのだけど」
「そうだよ。そんなのは若さの浪費だ。書を捨てて街に出よとは言うけど、キミは書すら取らないんだから、なおさらだ。安心して良い。絶対に退屈はさせない。少なくともここで暇を潰すことすらしないよりは、よっぽど有意義な時間を約束する。もしつまらないと思ったら、煮るなり焼くなり砕くなり、好きにしてくれて構わないよ」

これも本気だ。彼女はその気になれば、今この瞬間僕を砕き、命を摘むことだってできるし、彼女はそれに躊躇を覚えるような真っ当な感性をしていない。
ただ単に今は気分でないというだけ。すでに僕の命は彼女に握られており、もし地雷を踏み抜いたならば、その次の瞬間に僕が生きている保証はない。
だからこそ、僕が彼女の機嫌を悪くさせることはありえない。そんな不運は起こらない。不機嫌と殺人を直結させることで、絶対にデートが成功するという保証を作る。
仮にこれで死んだとしても、それは僕がそこまでの人間であったというだけで、それならば生きていても仕方がない。

「ずいぶんと、必死なのね。貴方はもっと、静かなモノだと思っていたのだけれど」
「必死にもなるよ、美影さんのような綺麗な人を誘っているんだ、僕だって平常心でいられるわけがない。口数が増えるのはその表れだよ。だからお願いだ。僕と一緒に、来てほしい」

口説き文句としては拙い歯の浮くような━━華夏にでも聞かれたら大笑いされそうな━━セリフを吐き懇願する。
嘘は言っていない。平常心でないのは美しさゆえではないが。

「……………ご飯」
「ご飯?」
「あなたと出かけたら、ご飯の時間に間に合わなくなってしまわないかしら。それはごめん被るのだけれど」
「ああ、そこは抜かりない。屋敷の人たちに持ち運べる形にするように頼んである。まあ、少し説得に手間はかかったけど。たぶん今ごろ重箱か何かで用意してくれてるんじゃないかな」

ここの使用人たちは久遠美影の暴走を何より恐れている。決まった時間の食事、着替え、風呂。それらルーチンワークを作り、それを絶対厳守することで、久遠美影という怪物が荒ぶることの無いように、必死に仕事をこなしている。
しかし、彼らは同時に久遠美影に干渉することを恐れている。本気で彼女を完璧に閉じ込め、外部とのつながりを断ちたいのなら、彼女自身がこんな座敷牢から抜け出して出歩いているわけがない。
僕が初めてここを訪れた日、久遠美影が夜の散歩から帰還する際に彼女の横に連れ立って入った時も、人の気配がしたにも関わらず、僕には完全にノータッチだった。おそらく彼女自身が連れてきたのだと思い、僕に関わることで間接的に彼女の機嫌を損ねることを恐れたのだろう。
そうでも無ければ、僕のような部外者がこんなところに潜り込めるわけがない。
つまり、彼らにとって僕は、ある意味で久遠美影と同じジャンルにあてがわれたということだ。美影さんから頼まれたと言えば、彼らはそれに合わせて料理を作るしかない。たぶん、僕が虚言を吐いた可能性を考慮して、念のためにいつも通りのものも作っているだろうが。

「そう。だったらいいわ、行ってあげます。どうせ、何も変わらないのだから、断るのもめんどうだわ」
「よかった、美影さんならきっと、そう言ってくれると思っていたよ。ならすぐにでも行こう。デートっていうのは時間がいくらあっても足りないものらしいからね」

壊れた座敷牢の扉を開け放ち、彼女の手を取る。
さあ、これからはまた綱渡りだ。何でもかんでも好きに使って、全身全霊でこのワガママな&ruby(怪物){お嬢様}を楽しませてあげなければ。

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