「……………分かったよ、君の側についてあげる」
気づいたら頷きを返していた。
ほとんど無意識に、うちから湧き出てくる何かに押されるように首と口が動いた。
そして、返答を言い切ると同時に、少年の赫色の眼が光を取り戻す。これまでずっとのしかかっていた、全人類から見られているかのような重圧が消える。
値踏みは終了し、売買が完了したというのだろうか。
「そうか、なら、僕に言われたらその血肉をよこせ、そしてこれから人を襲うな。わかったな?」
少年はそれだけ言い残すと、踵を返して、背中を向けて、その場を後にしようとする。
「……………え?ちょ、ちょっと待ってよ!?」
「なんだ。何か文句でもあるのか?」
「いや………そういうわけじゃ、ないけど。わたしのこと、このまま置いていっていいの。口約束なんて、いつでも破れるんだよ」
しかし、少年は理解できないというように眼を細め、
「なんで、僕の道具が、僕に逆らうんだ?」
「は?」
「だって、お前はもう僕の手駒になっただろ。手駒が勝手に動くなんて、あるわけがないだろう。欠落した脳味噌が治っていないのか?」
あまりに堂々としすぎていて、もしかして自分が変なことを言ってしまっているのでは?という勘違いをしそうになるが、いや違う。
おかしいのはこの男の子だ。
ともりは依然として何にも縛られていない。
何の魔術的&ruby(契約){ギアス}も結んでいない。
少年は、今度こそ話は終わりだと再びともりに背を向ける。
すでにともりの肉体の大部分は再生を終えており、武装もしていない少年を後ろから襲い、血を吸い、銀髪の死徒から逃げるチャンスを作ることだってできるのだ。やろうと思えば。
なのに一切、その心配をしている様子は見られない。寝首どころか、後ろ首を掻かれることすら!
まだ成熟しきっていない華奢さが残る後ろ姿。
一方的に優位な約定を結びながら、彼の肉体はただの人間で、その気になれば数秒とかからずその命を絶てる。&ruby(絶){奪}って、&ruby(吸){奪}って、逃げて。
逃げて、どうしよう。
この街を出れば、死徒同士の殺し合いなんかに巻き込まれず、自由に人を食らって生きていけるかもしれない。
そう、また、人を殺して。
何度も何度も、柔らかい肉を引き裂き、どろどろの血液を飲み込み、代行者たちから逃げ惑う。
結局元の木阿弥。
だったら、もう。
「もう、いいや………」
前に伸ばしかけた腕をだらんと降ろし、天を仰ぐ。
人工の光にも遮られない、強い星がまばらに映る。
これからどうなるんだろう。
手下じゃなくて手駒、仲間じゃなくて道具。きっと、酷い使われ方をするに違いない。もしかしたら、すぐにでも死んでしまうかもしれない。
だけど、それは必要とされたからで、人の役に立った結果であって、今よりきっと、正しいんだろうと思えて。
「ふふ…………」
少しだけ口元が緩んでしまった。