その目線を一言で形容するならば、値踏みをする眼と言えるだろう。
見下すわけでも、見下ろすわけでも、見下げるわけでもなければ、見上げるわけではもちろんなかったし、なら対等かと言われればそれも違った。X軸Y軸Z軸とも異なる、自分の認識できないどこか別の場所から、別の世界観に則って観察している。
そんな目線を夏継ともりは、夏継ともりだったモノは受けている。浴びている。
全身は傷が無い場所を探す方が困難なほど切り裂かれ、特に脚は一から生やした方が早いのではないかと言うほど、限界を留めずズタズタになっていた。当然そんな状態では動くことなどできない。
路地の奥に座り込み、向こう側から歩いてきた少年の目線に耐えるだけ。
いつ追い討ちが来てもおかしくない以上、一刻も早く再生を遂げなければならないのだが、執拗に念入りに壊された身体は、いかに死徒の身といえど数瞬で元通りとはいかない。
そして、値踏みが終わったのかほんの少しだけ少年の眼が緩み、
「あと1分もしないうちにあるミナはここに辿り着き、お前を殺す。それは決定事項だし、今のお前にそれを覆す力は無い」
判決を言い渡す裁判官のように、淡々と言葉を投げてくる。
少年の言葉は事実だ。1分と言ってはいるが、十数秒あるかも怪しい。
「だが、お前の力を失うのは惜しい。己が肉を喰らったものを癒す力。ミナが戦いの合間に血を吸っていなければ、そのまま殺してしまうところだった。その力は僕にとって、必要な力だ。
だから赤頭巾。お前に選択肢を与えてやる。僕の道具として生き延びるか。それとも僕らに殺されるか。お前の命運はすでに尽きた、だから、せめて悔いのない道を選べ。僕はお前たちを、導いてなどやらない。選ぶのはお前だ」
それは、思いもよらない展開だった。
必要な力?わたしが?いいや、それ以前に、この人間は死徒である自分を喰らおうと言うのか。
銀髪の死徒をわたしにけしかけたように、わたしのことを利用しようと言うのか。
なんという不遜だろう。
わたし達は退治されるものではあるけれど、排斥されるものであるけれど、人に利用されるなんてそんなもの、死徒らしくないにもほどがある。
「死徒の、わたし、が、あなた、みたい、な、人間、の言うこと、なんか、聞くと思うの?」
毅然と答えたつもりだったけれど、口から出てきたのは息も絶え絶え途切れ途切れの言葉。肺がまだ治っていないらしい。
「僕は答えを出さない。僕は、お前があるべき場所など教えない。僕の命を聞くか否かはお前が選ぶことで、お前だけが選べることだ。一人歩きが怖かろうと、その手を引く者など、誰もいない」
その言葉は何かしらの哲学に則ったもののようで、優しさなんて欠片も乗っていない。
「意味が、分からない」
「分からなかろうと、分かろうと、僕の関知したことでは無い。もう一度だけ聞こう、僕の道具になるか、ここで死ぬか。選べよ、赤頭巾」
死徒としての本能が警鐘を鳴らす。こいつはダメだ。生かしてはならない。襲え、殺せ、吸え。
だけれど、ほんの少しだけ残った人としてのあたしが、全く別のことを訴えてくるのだ。彼を手伝え、彼の役に立て、彼の道を作れ、彼こそが我らの━━━━━━。