結論から言うと、僕は間に合わなかった。
追いつきはしたのだが、すでにその時には勝負、あるいは殺し合い、あるいは狩り、は決着とあいなっており、僕が目にしたのは血だらけの路地裏に立っているヴィルヘルミナと、その足元にある肉片のみであった。
「遅かったわね支。もう終わってしまったわよ」
血液の海の上にありながら、靴以外は一切赤く染まっていない少女が、こちらに気づき声をかけてきた。
「死徒は、そこの肉か?」
対する僕は走り終わった直後で、やや乱れている息を整えながら問いかける。
「いいえ、違う。死徒じゃなかったわ。死徒になりかけの人間、食屍鬼ね。再生能力もろくに無いから、試金石としては微妙なところよ」
こともなげに言っているが、あたりの様子からして、その食屍鬼が幾人もの人を襲い喰らったことは間違い無い。それを無傷で返り血すら浴びずに殺したのであれば、ヴィルヘルミナの強さはすでに疑うところに無い。少なくとも人の域にいないことはわかっている。それならば、後は『活用』の仕方の問題でしかない。
「いや、十分だよ。さっきも言ったけど、今回は初陣、チュートリアルだ。あまり強力な敵が出てきても困る。当初の互いの能力の証明という目的は果たせたんだから、上々だ」
血の海に足を踏み入れ、ヴィルヘルミナに歩み寄る。足元から鳴る粘り気のある水音が、建物の壁に反響する。
それでも構わず歩を進め、彼女の目の前に立ち、手を伸ばす。
「今日のところは、ここまでにして帰ろうか。明日からはもっと本格的に、キミの血を奪った死徒を探そう」
「そうしてくれるなら助かるわ。取り戻すのは早い方がいいもの」
色素の薄い顔に、うっすらとした苦笑のようなものを浮かべながら、彼女は僕の手を取る。
そのままエスコートでもするかのように、血溜まりを背に歩き出す。
きっとこの現場を発見した人は警察に連絡をする。けれどすでに犯人はこの世にいない。僕が操作の槍玉に挙げられることもありえない。ヴィルヘルミナはわからないが、戸籍があるかも怪しい彼女の足取りを掴むことなど不可能だろう。
そんな、犯人の見つからない行方不明、殺人事件が、この街ではこれからも増えていく。集う死徒たちが増やしていく。そんなことは看過できない。
人喰いの化物達を殺せるのなら、今僕と手を繋いでいる化物だって、構うものか、『使い潰して』やる。