kagemiya@なりきり

MELTY BLOOD企画SSスレ / 10

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傘はさして大きいわけでもなく、思ったよりも狭く感じた。暗い空の下で歩くうち、外界の雨は一段と強まりつつある。
傘の下の暗く閉塞した空間には、ただこもった水音と、すぐ上で跳ねる雨粒が弾ける音ばかりが聞こえている。
手に持ったバッグになお雨粒が掛かる事に気付き、身体を少し彼の方に寄せる。それまで腕が触れていた程度だったのが、肩と肩、腰と腰まで接触する程の距離に縮んだ。
十分すぎるほど雨に濡れたブラウスやスカートは、もはや彼女の身体に完全に張り付いている。それが彼に触れる度、その制服までもを濡らしてしまっていた。

これは、思った以上に窮屈だ。ここまで近いと互いの息遣いまで聴こえて来る。
歩き始めてすぐはぽつぽつとあった会話も既に無く、彼は黙り込んでしまっていた。ちらと見れば若干自分から目を逸らしている様だった。
……濡れるのを嫌がっているのだろう。思えば彼は普段から、制服をきっちりと着こなしている。彼女はつぶやく様に言った。

「……悪いね」
『え。……何がですか?』
「わたしの服、濡れてるから。……あなたのまで濡れちゃって。」
『あ、ああ。……いや、そんな大した事じゃ無いですよ……。』

どうも歯切れが悪い。彼の様子を測りかね、隣から少し身を乗り出す。彼女はその翠玉に輝く双眸をもって彼の表情をしばし覗き込み、その心境を見定めにかかる。
視線が合う。外れる。視線が合う。外れる。……およそ10秒ほど凝視する中で、彼女は彼に現れている、ある異変に気が付くことが出来た。
それとほぼ同時に、彼の方からどこか気不味そうに、控えめな質問が上がる。

『先輩、その……何です?』
「……支くん」
『はい』

じとっとした緑の目で彼の瞳をまっすぐ見つめながら、彼女は真に迫った声色で言った。

「……もしかして、風邪?凄く顔が赤いけど。」
『え?!いや、これは……。』

普段感情の起伏が乏しい彼には珍しく、一瞬たじろいだ様子を見せ、頬に手を当てる。図星か。
彼の額に指先を当てる。心なしか熱くなっている様に感じた。

「やっぱり。ちゃんと体調管理はしなさい。倒れられでもしたら困るんだから。」
『……そういう事にしときます』

その後は、彼の様子を案じながら暫く歩き続け、細い分岐の近くで立ち止まる。
共に立ち止まった彼に向き直り、道の向こうへ指を差して言った。

「じゃ、わたし、こっちだから。」
『そうですか……。お疲れ様です。』
「お大事に。」
『……。……どうも。先輩も気を付けてください。』

そう告げて傘から出る。雨足は一時的に弱まった様だ。まだまだ降っているものの、雲間からは光が差し込んでいるところも見える。
立ち去ろうとした彼に向けて振り返り、彼女はふと、声を上げた。

「支くん」

彼が振り返る。薄紅の瞳をまた見つめ、彼女は小さく、呟く様に言った。

「傘、ありがと。」
「……嬉しかった。」

雨に打たれ、雲間の光に照らされながら別れを告げる。
彼女の顔には、知ってか知らずか──大輪に咲く華の様に、柔らかく、暖かな微笑みが浮かんでいた。

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