デモンズパレス サッキュバス 怪文書(はちみつさんからのリクエスト)
さらなる宝を求めて地下へと潜る。すると、地上近くのダンジョンで見かけるようなスライムと蝙蝠のような魔物が。とっさに身構えるが、どれもこちらを気にかけている様子はない。
いまさらスライムから水を手に入れる必要もないので、ゆらゆらと浮かぶ黒い魔物にゆっくりと這いより......
小部屋から出ると、一本の通路のような光景が。均一に並んだ床の模様と先ほどの部屋から察するに、魔族の住居か何かだろうか?
先ほどの部屋はスライムの部屋。となると、他の部屋にはもっと強い魔物やお宝があるかもしれない!早速通路を進んでいくと、案の定先ほどの蝙蝠と入口のようなものが複数あった。扉などはないから中は丸見えで”他人の家をのぞき見している”という紛れもない事実に少し罪悪感を覚えるが、相手は魔族だ。それにこの砂漠は「アウトロー」らしいし、今更考えることでもないだろう。
そんなことを思いながら部屋をのぞいていくと、一つ気になる部屋があった。今までは何というか「食べて寝れるだけ」というような部屋や「ヤバい魔法に憑りつかれてます」オーラ全開の部屋ばかりだったのに対し、そこは部屋として非常に豪華な雰囲気を持っていた。ふかふかのベッドにガラスの机、観葉植物に女性が化粧に使うような鏡。しかし、それ以上に気になったのは中に住んでいる魔族だった。
人型のそれは上品な黒色の翼と鮮血のように赤い角を生やしている。露出の多い服により強調される体のラインは、成熟しきった人間の女性を彷彿とさせた。隙間から一目見ただけでも妖しい魅力がこちらまで伝わってきて、まるで誘われるように一歩、また一歩と踏み込んでしまう。やがてこちらに気づいた彼女はこちらと目を合わせると、「こっちに来て」と言わんばかりにいたずらっ子のような微笑みを見せた。そのしぐさ、表情一つに心を完全に奪われてしまう。過酷だった旅に、一輪の花が咲いたような気がした。
すると、部屋の前に立ちふさがっていた魔物は道を譲るかのように高度を上げた。彼女が「許可」したから?彼女が自分を部屋に入れていいと思ったから道が開いた、と自分は考え---
甘い。
これまで体験したすべての香り、味、感覚よりも甘い空気が広がってくる。しかしそれにくどさや不快感などは全くなく、ただただ甘く柔らかい空気が体を包み込んでいく。何か危険なものを感じたが、その理性が役割を果たせる段階はとうに過ぎていた。
既に”魅了”は完了していた。魔族に心を奪われてしまったという恐怖と、これから何をされてしまうのだろうという期待が入り混じる。が、そんな思考も甘いもやがかかったように消えていってしまう。
気が付くと自分は部屋に完全に足を踏み入れてしまっていた。今もなお微笑みを浮かべたままの彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。歩く動作の一つとっても美しく、非常に妖艶で、瞬きも忘れてその姿に見入ってしまう。
やがて彼女は自分と密着するほどの距離にくると、艶っぽい吐息混じりの声でこう言った。
「ほしいの」
鼓動が早く、強くなるのを感じる。たった四文字だけの誘惑は、自分を狂わせるには十分だった。ほしいってなんだ?何が欲しい?金か美しい鉱石か、芸術品か...
体?
改めて部屋を見渡してみれば、豪華なベッドや紅いじゅうたんに彼女の服装、それはまるで娼館のようにも見える。この甘く優しいにおいも、吐息混じりにつぶやかれた言葉も、すべて自分を昂らせるための物だったとしたら...?
「ちょうだい ぜんぶ」
先ほどより強く、鮮明な、けれども上品で静かなその声は、脈動と思考をさらに加速させる。体を預ける?魔物に?いや...そんなことをしたらただで済むとは思えない。おそらくここは住居なのだ。たとえ自分から奪うものすべてを奪ったとしても、逃がしてはくれないだろう。そうなったら、あとは搾取され飼い殺されるだけ。生かさず殺さずの状態で死を待ち続ける哀れな生き様、そんなのは絶対にいやだ。
しかし、この場をどうやって切り抜ける?自分はすでに魅了されてしまっている。体が欲しいと言われて紅潮しているのが何よりの証拠だ。自分はこの魔族---というより、一人の女性に心を奪われている。
そんな状態で彼女からの誘いを断ることが、どうしてもできなかった。この先の行為を、関係を、期待してしまう。想像してしまう。この本能をどうにかして止めなければ、頭では分かっているのに、体を捧げたいという気持ちは膨らんでいくばかり。彼女は欲しがっている。あげなくては、何か彼女の欲求を満たせるものを...!
その瞬間、理性が本能に打ち克った。いや、言い訳を見つけたというほうが正しいかもしれない。
自分が差し出したのは、ふわふわのぬいぐるみ。地上にいるときに作ってきた、かわいらしい動物のぬいぐるみだ。これで彼女の欲を満たせるだろうか?そうであってほしい、神頼みのような部分も正直あった。
すると、彼女は予想外の反応を見せる。先ほどまで自分が見惚れていた艶麗なしぐさや雰囲気は消え、代わりに少女のような目でぬいぐるみを見つめている可憐な女の子が目の前にいた。
ぬいぐるみを強く抱きしめた後、彼女はこちらを振り向くと、まっすぐな瞳でこちらを見つめ、純真な笑顔を送ってきた。そしてか弱い吐息混じりの声で、こう言った。
「ありがとう」
簡潔に言うと、自分はそのしぐさに射抜かれた。先ほどの情欲を掻き立てるような魅力とは別種の魔力のようなもので、心から”魅了”されてしまったのだ。
一瞬で心を奪われてしまうほどの妖しい魅力、巧みに心を弄ぶテクニック、そしてそれらとは全く違った純粋な少女のような一面。そのすべてが、ここまで生きてきた何よりも大事で、尊いものに思えた。
そんな愛すべき彼女に、これから永遠に尽くしていこうという気持ちが、心の中に芽生えた。それは強く根を張り、こうやって彼女を見ている今もふくらみ続けていた。