ラクダに揺られて数十分。濡れた体はすぐに乾き、俺たちはバーに来た。来たのだが……
「おい、カウンターの向こう……ポリ公がいるぜ」
「うーん、回り道するしかないかな」
というわけで(ビールを拝借してから)バーから出て、回り道できそうなところを探すことにした。バーのすぐ隣は柵でふさがれ、その柵は隣の怪しい建物と繋がっていた。
「こっちを通るしかない、かな」
その建物は隣のバーと似たような形をしているように見えたが、放っている雰囲気は真逆だった。壁は黒く汚れ、何らかの異臭が入る前から漂って、スラム街のようなアンダーグラウンドを彷彿とさせる。
俺は恐る恐る中を覗いてみた。
床は錆びた金属の板が敷き詰められ、ごみが散乱している。外にまで漂ってきた異臭の正体はこれらだろう。
家具らしきものは簡素なテーブルとイスしか見当たらず、ぼろぼろの布切れと編んだ藁のようなものでできた寝床もぐちゃぐちゃに崩れていた。こんなところに人が住んでいるとは思えないが、いるとすれば相当な狂人だ。俺だったら1時間で出ていく。
「誰もいないみたいだし、今のうちに通ろうぜ。こんなところに住んでるやつ、会った瞬間何されるかわからねぇ」
後ろで見張りをしていたヘビにそう告げようと、後ろに歩きながら振り返る。
しかし、そこに俺が知っているヘビはいなかった。
「ぁっ……がぁ”ぐっああ」
そこには、人間とヘビが絡み合ったオブジェのようなものがあった。俺にはそう見えた。
世紀末のキャラクターのような男の体に縦横無尽に絡みつき、四肢を異常な方向に曲げ、”それ”がおかしな音を出してもなお力を緩めないヘビ。なぜこいつがこんな異常な行動に及んでいるのか、理解が追いつかない。少し目を離しただけなのに、なぜこんなことになっているんだ?
「おい!何してるんだよ、そいつが死んじま」
言いかけて、止めた。なぜなら、ヘビは明確な殺意を持ってこの行動をとっているようにしか見えなかったからだ。
目の前で着実に歪められ、壊されていく人間の身体。めきめきという音が鋭敏に聴覚を刺激し、心の中を恐怖と不快感で染め上げていく。それなのに……
(なぜ俺は、この状況で母ちゃんのことを考えているんだ……?)
俺の心の中にあるこの異物、違和感。自分も死ぬかもしれないから、とかそういったものではなく、何か引っかかっている感じ。俺の中に、この光景と母を結び付ける何かがある。
(なんでこんな殺しの現場なんかで……っ!)
殺しの現場。そう、これは生きている存在が一つ消える場所。俺の中でぼやけていた何かが一気にクリアになる。
【母の死の真相】だ。
俺の母はこいつに、こんな方法で、残虐に、無情に殺された。
「お前はっ……お前はぁっ!」
俺の叫びが聞こえたのか、ヘビはこちらに目を向ける。未だ無表情で顔色一つ変えずに人間を締め上げながら、そいつは何かを口にした。何と言ったのかは聞こえなかった。既に俺の精神はイカれているようで、さっきまでうるさいくらいに聞こえていた骨の軋む音も聞こえていなかった。
鈍っていた感覚を覚醒させたのは、強い光だった。そしてそれを放っているのは自分自身、正確に言えば俺が無意識に握りしめていたペンダントだった。
「なっ、なんだこれは!?」
危険を感じペンダントから手を放す。しかし光は強くなる一方だ。それが体を包み込み、視界まで支配し、浮遊感と倦怠感が渦巻き……。
百の手足が抱くもの 第一章 完
第二章をお楽しみに。
というか第三話の途中(母について語るシーン)で謎の。が入ってますね 単純なミス