ヘビ貿易の掲示板

SS・短編置き場 / 14

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行数ではじかれたので続き 2022/07/21 (木) 13:30:05 >> 13

九日目
「けぽ」
「けぽぽぽ」
パシャパシャと、黄色い液体を吐き出す。少しの泡を残して、砂に飲み込まれ消えていく。体が焼けるような感覚。喉や歯が痛み、筋肉が痛み...これを朝から幾度となく繰り返していた。しまいには黄色い液体が少し漏れ出てくるだけになっても、吐き気は収まらない。
食事が喉を通らず、水すらも傷ついた口中を刺激する。ただでさえボロボロだった体に栄養も取り込めないという致命的な状況。すべての病状が体を内側から蝕み、壊し、苦しめる。今になってようやく、彼女は何か自分の体に異常が起きていることを悟った。
だからといって、何がこの異変を引き起こしているかもわからないこの状況で彼女にとれる対処など何もなかった。せめて楽な姿勢でいようとするが、その楽な姿勢というのが土台無理な話だった。立って歩くことすら難しい状況で、さらに咳と嘔吐。地を這うように移動すればたちまち砂にこんがり焼かれてしまうし、たとえ日陰があろうとも移動するには必ず日向を通らなければならないのだ。
彼女の目には涙が浮かんでいた。溢れて落ちた涙も、嘔吐物と同じように砂に溶けていく。泣いてもこの地獄は終わらない。水を飲んでも、薬草を食べても、いくら嘔吐しても魔物は獲物を許さない。
「けほっけほっ...っ!?」
それはまさに一瞬の出来事だった。先ほどまで感じていた吐き気に似た別の感覚。体の内側から喉を押し広げる謎の異物感。その正体もわからないまま、意味不明な不快感が広がっていく。彼女が真実を目にするのは、それから二回目の嘔吐を終えた時だった。
黄色い胃液の中に真っ赤な固形の何かが混じっていた。やがて姿を現したそれは、彼女がずっと体の中に潜ませていた魔物の子孫、”きのこ”だった。
「なに、これ...?」
今起きたことを解釈するより早く、あの感覚がやってくる。けぽけぽという情けない音を立てて、何度目かわからない嘔吐を終える。そこにはやはり、真っ赤なきのこが含まれていた。しかも先ほどよりたくさん。
やはり彼女も薬草売りの端くれ、植物の生態くらいは知っていた。朦朧とする意識で何とかつじつまを合わせようと、パフォーマンスの低い頭をフル回転させる。
(私の中にきのこが生えてる...?)
気づいたときにはもう遅い。すでにきのこは体全体へ影響を及ぼし、高度な医療を用いても回復不能なほどに浸食されていた。それを何より分かっていたのは非情にも彼女自身で、絶望を知った目は焦点の合わない状態で虚空を見つめていた。。
恐怖ももう感じない。何もかもが遅かった。もっと早く自分の甘さに気付くことができていたならば、結果は変わっていたかもしれない。そんな意味のない後悔が浮かんでは苦しみでかき消され、わずかに残っていた体力も残さず吸い尽くされる。すべてが暗転し、薄れゆく意識の中、最後に見たものは...

?日目
その目に映ったのは、彼女が想像していたあの世とはまるで違うまぶしい太陽と緑だった。
「私、死んだんだよね?」
頬に手を伸ばす。確かに感触がある。続いて、砂をすくいあげる。さらさらとこぼれ落ちていく感触がはっきりと伝わってくる。
「まだ...生きてる?」
かすかな希望が心の中に芽生えた。肌に感じる暑さも、手のひらに乗った砂も、すべてが現実。まぎれもない事実。ならばまだ生きている、そう考えただけで体に力がみなぎってきた。苦しまされていた倦怠感や熱、吐き気は消え失せていた。
こうして直立し歩いたのは、何日ぶりだろうか?懐かしさのような嬉しさに包まれた彼女は、また無防備な心のまま歩き出し......また絶望する。
目の前にいたのは、きのこのような魔物。自分が嘔吐した者より何倍も大きく、周りには紫の霧のようなものが漂っている。ゆっくりと近づいてくる魔物に防衛本能が働き、一歩、また一歩と後ずさる。
背中にドスン、という感触を感じたのは、そのわずか数秒後だった。後ろには木が生い茂り、間をくぐるのが難しいくらいの壁を作っていた。逃げ道を絶たれ、気力が尽きてしまった彼女は、ついに魔物に肩をつかまれてしまう。
しかし魔物は、彼女を傷つけるようなことはしなかった。困惑しながらも彼女は手を振りこうとするが、肩を掴んだ手は一向に離れない。そこでようやく彼女は気付いた。この紫の霧の正体、そしてあの体調不良の全貌に。
たっぷりとその”霧”を吸い込んでしまったことに気づき、なんとか体から出そうと咳を繰り返す。そんな程度では終わるはずもなく、むしろ咳をした後の荒くなる呼吸でさらに体内に胞子が取り込まれていく。自然と流れ出た涙はきらりと光り、光を失った目をさらに際立たせていた。

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