一人の男が木々が鬱蒼と生える深い森の道なき道を枝葉を鬱陶しげに払い除けながら駆けていた。見ての通り、彼は焦っていた。
黒衣の男「逃げなきゃ!どこか遠くに!因縁も届かない遥か遠くに!」
時折、後ろを覗きながら駆ける様子からして、彼が追手に追われてることは一目瞭然であった。
???「おい!見つけたぞ!」
黒衣の男「ひっ」
???「このまま追え!」
???「お前達はそのまま回り込め!」
???「わかった」
黒衣の男「いやだ。まだ捕まりたくない。俺はまだ死にたくない。まだ自由にもなってない!アイツラの分も生きないと!」
黒衣の男は腰のベルトから数本のナイフを取り出して指の間に挟むと、無造作にそれらを背後に向けて投げつけた。
特に狙いをつけて投げられた訳でもないそれらだが、追手達の牽制にはなったらしく一瞬だけ動きを止めることに成功する。
たまたまナイフの軌道上にあった追手の一人もわざわざ腰の剣を抜いて切り払う。
???「ちっ」
追手達が動きを止める様子を確認することもなく男は走り抜けると、森の奥から微かに光源が見えた。
黒衣の男「で、出口……」
力を振り絞って男は森の中を走り抜けた。そして、ようやく森を脱出することに成功する。
だが、そこに待ち受けていた現実は残酷なものであった。
黒衣の男「……はぁ?」
そこにあったのは深い深い谷であった。谷の向こう側とこちらとの距離は目測でも50mはあるのがわかった。とても人間の身体能力で越えられる距離ではない。
もはや、彼に逃げ場など残されていなかった。
ブスッ
背後からの不意打ちを受けてしまったのも、落胆のあまり気を抜いてしまったからだろう。彼の太腿からはボウガンのボルトであろうものの鏃が顔をを覗かせていた。
黒衣の男「ぐっ」
???「あ、やべ。外した」
???「何をしているだお前は」
???「残念だったな。そこは行き止まりだ。本来ならばお前は森を抜け、山に入るところだったんだろうが、悪いが誘導させてもらった」
???「しかし、暗殺部隊《骨》の《
???「言ってやるな。半年も逃亡生活を続けていたんだ。そりゃ手際も悪くなるだろうよ。むしろよくもったほうだよ。まあ、これで国から逃げたらどうなるかがわかったって訳だ。いい反面教師だ。授業料として楽に殺してやろう」
???「軽口を叩くなお前ら。それにしても、コイツは誰が殺す?」
???「じゃあ、俺が」
???「わかった」
トドメを刺す役目を買ってでた追手の一人が進み出て、男を見下ろした。
???「何か言いのこ――」
黒衣の男「死ね!」
???「は?」
黒衣の男の右手のピンと伸ばされた人差し指と中指が追手の眼球を貫く。男は指が頭の奥深くにまで埋もれたのを手応えで感じると、より中身を破壊するために指の先でえぐった。
???「あああああああああああああああ」
追手は声にならない断末魔の悲鳴をあげると絶命した。
黒衣の男「あと二人」
黒衣の男が動いたのと同時に、残りの追手も動き始めていた。片方は剣を、もう片方は短剣を持って男を挟み撃つようにして斬りかかる。
男は絶命した追手を剣を持った方の追手に放り投げる。
当然、人一人を投げられたからにはそれを払い除けるしかなく、必然的に短剣使いと黒衣の男の一対一の状況が一瞬だけできあがる。
???「死ねええええええええええええ」
黒衣の男「
訓練された鋭い動きをする追手に対して、男はそれを真っ向からねじ伏せることにした。
凄まじい集中力で短剣の軌道を予測し、追手の短剣をもった方の腕拳と手首を両手でそれぞれ掴んだ。そのまま繊細な体捌きをもってして短剣の先端の向きを捻るようにして変えると、追手の腹部にそれを突き刺した。
???「なっ!?」
黒衣の男「《骨》では流心流体術は基礎だ」
???「くっ……不覚だ……」
黒衣の男はそれだけ言うと、短剣を引き抜いた。
???「よくも仲間を……!」
黒衣の男「殺し屋風情が仲間ごっことは笑わせてくれる」
男は追手に向けて駆けた。
???「ちっ。くそおおおおおお」
追手が男に向けて鋭い一閃する。
しかし、追手が構えた時点ですでに反応していた男は半歩下がることで追手の間合いから脱することで一閃から逃れる。男は下がりながら、がら空きになった追手の脇へと短剣を投擲する。
???「ぐっ」
追手がひるむうちに、男は体を一回転させると、追手に突き刺さった短剣の柄に向けて後ろ回し蹴りを浴びせた。
???「んんっっ!」
声にならない声を漏らしながら追手は吹き飛ばされて倒れる。
黒衣の男「はあっ……はあっ……はあっ」
戦いが終わったことで緊張感が抜けた男はすぐさま膝を突いて息を荒げた。太腿からも少なくない量の血が流れていた。
すると、短剣を深々と脇に埋もれさせながらも微かに息のあった追手が最後の力を振り絞ってか震えながら口を開きはなしかけてきた。
???「ふふふ。じきに後続のやつらがおまえを殺しに来る。せいぜい逃げろ」
黒衣の男「言われなくてもだ」
???「ふふ……ふ。噂に違わぬ強さだった……」ガクッ
追手の最期を見届けると、男は谷底を覗いた。そこには激しく流れ打つ谷川があった。
黒衣の男「……生き残るにはこれしかない」
数瞬迷った後に、男は深い谷の底にある川に身を投げた。