ひっ、と、出迎えた娘は悲鳴を上げた。客に出そうとしていたエールがマグごと床に落ちて滲みを作った。
何故ならその酒場に入ってきた男は、片足を食いちぎられていたからだ。
「お、お客さん、困るよ……。大丈夫かい?」
女将とおぼしきふくよかな女性は、顔面蒼白の男を見ると、パニックになりかけていた娘に神官を呼ぶように言った。
「助かる」か細い声だった。
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ひっ、と、出迎えた娘は悲鳴を上げた。客に出そうとしていたエールがマグごと床に落ちて滲みを作った。
何故ならその酒場に入ってきた男は、片足を食いちぎられていたからだ。
「お、お客さん、困るよ……。大丈夫かい?」
女将とおぼしきふくよかな女性は、顔面蒼白の男を見ると、パニックになりかけていた娘に神官を呼ぶように言った。
「助かる」か細い声だった。
男は腕利きの冒険者らしかった。腿を縛って止血をし、最低限の治癒を済ませていた。
「人を食う化け物だ」
化け物に襲われた、と静かに主張していたが、その姿かたちとなると途端に口をつぐみ、首を振るのみであった。
しかし獣ではないといい、亜人でもないといい、男は錯乱しているとしか思えない。
女将や娘、酒場で飲んでいた人間たちも、にわかには信じることができない。なにせ、捕食者と言えば伝説の魔物なのである。
やがて神官がやってきた。男は失くした足の蘇生を頼んだ。
しかし何度試そうとも、成功するはずの復元は成せなかった。
そのうち男の魂は硝子のように割れてしまって、二度と目を覚ますことはなかったのだ。
━━信仰圏を歩むものよ、魂を喰らう魔物に気をつけよ。
たとえ、信じるものがいなくとも、それは確かにいるのだ。