法介
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2024/12/19 (木) 07:40:12
さらに『末法灯明記』には次のような事がかかれております。
像法の最後の時の僧侶のあり方はすでに末法と同じである。すなわち末法の時代であれば、ただ仏の説かれた言葉が残っているだけで行もなくさとりもない。もし戒律があるのならその戒律を破るということもあり得る。しかし末法の時代には、すでにたもつべき戒律がないのに、いったいどの戒律を破ることで戒律を破ったといえるものであろうか。戒律を破ることすらないのに、まして戒律をたもつことなどあるはずもない。だから『大集経』には、「仏の入滅後、たもつべき戒律を持たない無戒のものが世の中に満ちあふれるであろう」と説かれているのである。
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