橋から離れた木の陰に、キツネと与次郎の姿があった。
泉光院が部屋を出てからのことだった。
つけるわよ――とキツネが言った。
与次郎は敢えて口を出さなかったが、信用はしていた。
「で、キツネはどこまで読んでたんだい?」
腕組みをしたまま、与次郎が尋ねた。
「別に。ちょっと泉光院をからかっただけよ」
キツネは素っ気なく背を向けた。
「それに…」
「うん?」
「いえ、済んだみたいだし、帰るわ」
立ち去るキツネに、与次郎が慌てて同行する。
キツネはもう一度、ミヨシと泉光院の方をちらりと見た。
夕日が辺りを照らし、二人の姿も橙色に染まっていた。
(ミヨシが、弟子の気持ちを無下にするわけないじゃない)
時折吹く風はまだ冷たいが、空から何かの花びらが降ってきた。
長い冬の彼方で、かすかに春が姿をのぞかせているようだった。
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