指先から伸びる赤い光を手繰りながら、眼鏡の男は、やや苦々しげに呟く。
「追跡のルーン……"食いちぎられた"か。よく足掻く獣だ、まったく──見ての通りだ。此処には手掛かりと呼べるモノは無いぞ」
そのまま振り返らず、しかし確かにこちらに聴こえるよう、唸るような声音を男は発する。
獣はどっちだよ、とその迫力へ小声で愚痴をこぼしながら、木陰から『降参』の意を示すポーズで
身を起こし、男の方へと歩いて行った。
「……懸命、利口な事だ。俺は別に、お前を喰いも刻みもしないが」
敵意は確かに薄いが、それでも微かな嘲りの見える赤い瞳が、こちらを見る。
──この人の顔も、やはり分からない。
自分の視力がどうの、という話ではない。
『例え化粧越しだろうが、仮面越しだろうが、絶対に人の顔は分かる、忘れない』。
呪いでもないが、祝福という程でもない、自分の特技。しかし、このキャンプ場に来た人達の『顔』は……その感覚を、自分では上手く言い表せないのだが、顔の中に『何か』を隠しているような、そもそも人知を超えた別の何かであるような、皆、そんな違和感があった──この眼鏡の男は、後者だ。
──朝に会った時も思ったけど、おっかない目だ。見たもの全部焼き切る……そうだ、炎だ。炎。
目があっただけで気が滅入る、このよくない感覚。まさに人外。そんな気がする。そうやってげんなりしている自分など意に介さず、男は話を続ける。
「……ああ、お前、お前か。俺を見るなり、急に意気の下がった奴。"本当の俺を見た"奴。そうか、そうだ、お前は、分かるのか」
まったく意味の分からない相槌を、男は繰り返す。このままでは自分の身も、間も保たない。
自分はいなくなった友人を探しに来たのですが、貴方はいったい何をしに、と意を決して話を振る。
「俺は、人間(ヒト)の顔が、わからない」
実に深刻な事を、男は口にした。
「イヤ、視力ではない、関心の話だ。オフェリア……所長の顔以外は、それまでまったく、ほぼどうでもいいモノだったからだ。しかし『探偵』たる身では、そうもいかん。オフェリア……所長がいればどうにかなるが、小賢しい獣のせいで今、所長はいない」
ので、と男は、ガッとこちらの肩を掴む。
「……友を探している、と言ったな。ちょうど俺もな、探しているのだ、所長を。
何と言うのだったかな、そう──『助手』。
一時的なモノで構わない。"見える"お前。
俺の目……『助手』を、務めてはくれないか」
ギリギリギリ、と肩から「逃がさねぇぞ」と主張する音がする。
失われた手掛かり、炎のごとく静かな圧に、承諾の返事をするしかない自分の耳に、
クク、と機嫌の良さそうな、男の笑いが届いた。