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MSD回顧録(2023長野県将棋選手権④)

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私・丸山が長野県将棋選手権に参戦したのは
平成元年でしたが、当時の大会の形式は
こんな感じでした

①1次予選=数地区の会場にて地方予選開催
各地区から合計8選手が2次予選に進出

②2次予選=中信・南信・東信・北信の
4地区にて1次予選を勝ち抜いた8選手に
よるトーナメント戦を開催、各地区で
優勝した4選手が県大会に進出。

③県大会(本戦)=2次予選を勝ち抜いた
代表4選手によるトーナメント戦。
優勝決定戦と3位決定戦があり
各クラス共に準決勝を含めた4試合全ての
棋譜が信濃毎日新聞の夕刊に掲載される

会場は松本市の老舗温泉旅館・信州会館

そしてクラスはA級~E級の5クラス
これ自体は今と変わりませんが当時は
小学生の部が無く、5部門全て年齢制限ナシ
という形でした。初出場した私は当初
D級にするかE級にするか迷いましたが
結局D級にエントリーいたしました

MSD総統
作成: 2023/12/29 (金) 16:17:10
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1
MSD総統 2023/12/29 (金) 16:31:56 修正 2a85d@91168

この3段階に隔てた予選は大体2週間ピッチ
で行われていました

1次予選について、もう少し細かく説明を
させていただきますが例えば中信予選の
場合ですが、こんな感じで分けられました

①松本予選(代表4名)
松本市・塩尻市・波田町・朝日村・山形村

②豊科予選(代表2名)
南安曇郡・東筑摩郡
(波田町、朝日村、山形村以外の
東筑摩郡の町や村)

③大北予選(代表1名)=大町市、北安曇郡

④木曽予選(代表1名)=木曽地域の町や村

今では将棋人口の減少化の為、①と④
②と③が一緒になっていますが・・・

2
MSD総統 2023/12/29 (金) 16:50:22 修正 2a85d@91168

平成10年台に入り、大会形式の変革化が
活発になってきました。手始めは会場の変更

それまで信州会館で行われていた県大会の
会場を変更。代わりに選ばれた会場は
何と我が塩尻支部の広丘道場でした。この時
初めて主管支部となった塩尻支部の支部長は
初代支部長にして当時長野県将棋連合会の
副会長を務める馬場一行さんでした

アマ名人戦の中信予選の型式がトーナメント
からリーグ戦に切り替わったのも塩尻支部が
初めて主管支部となった時、そして馬場支部長
時代の時でした。どんなプロセスを経たのかは分かりませんが、此れ等の行動は「馬場さんは積極的に改革のメスを入れる人」という印象を私・丸山の頭に焼き付けるには充分なエピソードでした

これ以降、県大会の会場は松本市や塩尻市の
公共施設での開催が定例化いたします

3
MSD総統 2023/12/29 (金) 17:15:46 2a85d@91168

平成も折り返し点を過ぎた辺りから
更に模様が変わっていきます

3段階に渡った予選が2段階に変わり
県大会への出場者が4名から16名と
増加。4人一組4ブロックに分けての
リーグ戦を行ない1位の4選手に
よるトーナメント戦という形式に変わります

それから程なく3位決定戦が無くなり
E級が小学生の部に変わり。棋譜の掲載が
信濃毎日新聞の夕刊から朝刊に以降
その棋譜の掲載もA級以外は決勝戦のみと
目まぐるしい変化がありました

令和2年の新型コロナウイルスの上陸に
伴い。県大会の出場枠は8名と半減
しましたが、令和6年には再び元の枠に
戻る可能性があるかもしれません。
当時の活力が戻ると同時に、中信在住者の
私としては地方の選手の方々が再び多く
参加して活躍する光景を目の当たりに
したいと願うばかりです

そう思っていたら、我が郷安曇野近辺で
その兆候が・・・

それについては⑤で語ります
いよいよA級の回顧です