おんJ艦これ部Zawazawa支部

おんJ艦これ部町内会 / 154

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村雨の夫 2016/11/16 (水) 15:16:38 5c457@a727d

「やぁ、悪いね連日」
「いいえ、気にしないで。私も楽しいもの」
水曜日のカフェ、ほかの客から離れたテーブル席にて。彼女と会うのはつい数日ぶりだったりする。
ウォースパイト。かつての鎮守府の仲間の一人で、今は劇団主宰。時に同業者、時に上司にあたる戦友だ。

先々週の日曜日は、朝霜と睦月を連れて企画チームのお歴々と打ち合わせ。
何の因果か才媛ばかりが集まってしまった現場において、山雲ちゃんのお父さんがいてくれたのは本当に助かった。男性がもう一人いるのといないのでは、やはり違う。それに、彼自身は門外漢と言っていたが、だからこそのお客さん目線での発言がいい刺激になったな。
初回と比べて雲龍さんの様子もかなり良かったし、いるんだな、その場にいるだけで安心感を与える人間ってやつは。照明周りをベースに裏方を熟す中でも、劇団の本職たちと巧く馴染むだろう。

雲龍さんは出演されないとのこと。その分脚本や演出の面を勉強されるということで、ある意味では僕の責任が大きくなったともいえる。あまり人を育てるのに自信はないが、その点あの人ならば問題なく吸収してくれるはずだ。少しでもいい刺激になればいいな、というのが建前で、独特な感覚と速筆の秘訣を少しでも感じ取りたいというのが僕の裏目標である。

村雨ちゃんには風邪の病み上がりなので大事を取って義姉さんのところでお休みしてもらっていた。親仲間との交流ができなかったのは少し惜しかったかもしれないけど、魔法使いを見るに、連れてこなくてよかった。誰にも彼にもああ近づくわけではないだろうが、もしもされたら嫉妬で凄いことになりそうだ、というのは知られないようにしておこう。それだけでひとしきり揶揄われそうだし、魔法使いの名誉にもよろしくない。

全体的に大きな問題もなく進行した先々週の打ち合わせで、一番の問題は朝霜だった。
家を出る前には「女優として打ち合わせするぞ!」と意気込んでいたものの、山雲ちゃんと睦月のお姉さんとして大半の時間を過ごすことになってしまっていた。父としてはお姉さんとしての顔が見られてよかったんだけど、本人は楽しくも悔いが残っていたらしい。
その悔いを晴らすための策が、劇団との打ち合わせへの出席。「僕が所属する劇団とも打ち合わせてくる」という話を耳聡く聞いていて、自分もでられるようにしてほしいと志願してきた。ただの思い付きじゃないことは、目と、言葉で十分。その上、睦月達に気負わせないように、夜に執務室の僕のところに一人で相談してきたことも殊勝で、提案を断る理由は一切なし。ウォースパイトと劇団メンバーに諸々了承をもらい、日曜日にセッティングさせてもらった。

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    村雨の夫 2016/11/16 (水) 15:16:57 修正 5c457@a727d >> 154

    「アサシモちゃん、昨日は大変だったと思うけれど、大丈夫だった?」
    「疲れはしたけど、自信になったみたい。おかげさまで」
    「そう?じゃあこれからはもう少し厳しくしてみようかしら」
    「ん、そうしてあげて」
    ザラお手製のコーヒーを味わいつつ、娘の試練を期待する。ウォースパイトは優しいから、これくらいでちょうどいいはず。
    たしか先週のはドイツ式なんだっけ。あれはあれでよかったけど、イタリア式もまたよし。ウォースパイトお手製のイギリス式もまた飲みたいし、村雨ちゃんの手作りももちろんおいしい。その辺は節操無しの雑食なのは龍驤にも村雨ちゃんにも「いい趣味」と言われた僕の数少ない美点である。

    「それにほら、あの後ちゃんとパーティではしゃいでたじゃない」
    「そうね。本当に楽しかったわ」
    「まさか神通ちゃんたちまで来れるとは思わなかったねー」
    打ち合わせののち、家族や元鎮守府メンバーと合流して鳳翔さんの誕生日会を祝いに定食屋へ。夜の部を貸し切りにさせていただいて、みんなでお祝いを開催した。うちは少数メンバーだったこともあり、日曜日じゃなくても毎年結構な人数が集まっている。祝われる本人が厨房に入るのも妙なので、龍驤や春雨ちゃん、ザラをはじめ、みんなでそれぞれ料理を作るのが恒例の一大イベントだ。今年は特に、僕らの中の出世頭の川内三姉妹も到着して盛り上がったな。ちゃんと対面するのは初めての睦月が特に大興奮。学校で話さないって釘刺しがちゃんと効いてるといいな。
    ともかく鳳翔さんはそれだけみんなに慕われている。ウォースパイトは特に、英国から来て心細くしているころによくしてもらっていたこともあり、鳳翔さんには娘のように懐いている。年は姉妹で通じるくらいだし、見た目で言えばウォースパイトのほうが姉にも見えるんだけど、本人たちが心地いいのならそれでいい。
    「戦艦ウォースパイト」の性能自体は十二分ではあったものの、航行速度や能力のバランスのため、最前線で戦うような扱いを受けなかった。左遷ではないが、小規模の僕らの補強、および最前線の前のテスト運用として配属されたのはいつの季節だったか。戦艦をこそ己の名と呼び、ほかの子たちよりも固く緊張していた初対面はよく覚えている。
    あれから一人の女性として、柔らかさを備えつつ、自分の足で凛と立つようになった。その過程で役者や劇の道を選んだのは、少なからず僕たちの影響もあるようで、誇らしく思う。

    「みんな変わりがないようでよかったわ」
    「全くだ。朝霜、あれから特に相談とか来なかったけど、今晩聞いてみるか」
    「素直に話してくれるといいわね?」
    「うぐ」
    「そろそろ反抗期、くるんじゃないかしら」
    「まだ……まだ早いんじゃ」
    「Meetingでもしっかり話してたし、Ladyの成長は早いのよ?っふふ」
    確かに打ち合わせでは、真剣さが口ばかりではない様子だった。山雲ちゃんもキャストに入るということで気合が増したんだろうか、自分の出番と同じくらい舞台全体のことを考えていた。もちろん本格的な劇、会議には不慣れで、当然未熟な部分ばかりではあったけれど、人としての成長は十分見受けられる。ここからさらに、劇を通じて成長するだろう。親ばかでもなんでも、誘ってみてよかった。
    それでなくとも先週土曜日の予防接種では覚悟を決めるのが早かったし、本当に知らないうちに成長を済ませているのかもしれない。心は目で見て測れない分、あっという間に成長していることもある。幾度となく直面した当たり前の出来事だし、それを忘れていたのは傲慢だった。
    その勢いで、成長を喜びつつも独り立ちで親離れされたくない複雑な気持ちをわかってほしい。いや、分かられても気恥ずかしいな。反抗期、くるのかなぁ。

    思わず考え込みかける僕を見て上品に微笑み、カウンターの友人へ話しかける。
    「ちょっと意地悪が過ぎたわね、ごめんなさい。そろそろ真面目な話をしましょう。Pola、おかわりをいただけるかしら」
    「は~い、いつもので?」
    「えぇ。おねがいね」
    艦の来歴から思うところがあったらしいが、今となっては十年来の友。メニューを問うまでもない間柄。いつ見ても喜ばしい。
    「僕は水で」
    「え?白ワイン(Spritzer)?」
    「水だっつってんでしょ」
    便乗して僕もおかわりをいただきたいが、これ以上は経費で落ちない可能性もある。11月も12月も、我が家の予算は僕に厳しい。めでたいイベントに割くためなら、自分たちの小遣いを絞るべきだとずっと昔に夫婦で合意したことだから、別に文句はない。

    文句を言わなくていいように、しっかり公演を成功させればいい。口を潤し、頭を冷やし、目を覚まさせる。
    脚本、スポンサー、朝霜もといキャストから受けた要望。劇団のメンバーからの意見。さらに詰める必要のある部分に、不可避の予算の話など。企画室の会合がよくても、まだまだ現場の議題は山積みだ。
    「さて、打ち合わせしますか」