おんJ艦これ部Zawazawa支部

おんJ艦これ部町内会

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パパの会改め町内会。
平和な世界で艦娘(元艦娘)ときままな日常を送ろう。
らぶいずおーる。

村雨の夫
作成: 2016/06/27 (月) 23:17:19
最終更新: 2016/11/24 (木) 15:42:43
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202
村雨の夫 2017/03/05 (日) 23:23:47

春麗らかなる三月五日、村雨ちゃんはお休みの日。

艦娘としての力の代償なのだろうか。逆に、宿命があるから艦娘になったのだろうか?彼女たちは「艦船」の運命に足を取られることがある。その原因は、当時の誰にも答えは出せなかった。深海との戦争が終結し、残党狩りや海上護衛のため運用されている今でも、明確な答えは出ていないらしい。一介の退役軍人である僕には知りようがない。
卵が先であろうと、鶏が先であろうと、彼女たちが苦しむことには変わりはない。僕にできるのは、精々休みを作ったり、紅茶を淹れたり、今は家事を請け負ったり。その程度だ。
原因がわかったら教えてもらえるように在軍の知り合いには言ってあるが、はてさて。

症状が出たり出なかったり、年と人によって違ったりするのだけど、今年は残念ながら、朝から起きれないほどにブルー。終戦後これほどになるのは何年ぶりだろう。義姉さんたちも他の仲間たちも、勿論村雨ちゃんも終戦後……艤装に触れなくなってから滅多に重く出ないって言ってたんだけどな。

三月も書き入れ時である以上、わざわざ白露家からひとを呼ぶことはできない。暖かくなってきた季節、どうも様子がおかしいことに勘づいたようで、一日家の手伝いをしてくれていた。外で遊びたかろうに、悪いなぁ。
ママに憧れる睦月、ライバルに火をつけられた朝霜。二人で手伝ってくれた家事は、村雨ちゃんどころか僕にすら及ばないけれど、ありがたい、ありがたい。すぐに上達してくれるだろう。

ちぐはぐなようで、平穏な一日が終わる。娘たちはママの心配をしつつ、いつも通りの時間で消灯。
村雨ちゃんは結局、ずっとローテンションだった。娘たちに笑顔を見せてはくれたけれど、身体がついてこない。本当に、戦時中くらいの重さだった。
「ほんと、やになっちゃう」
「まぁまぁ、明日になったら元気になる…はずだよ」
「そうなんだけどね…あなた、はやくこっちきてよ」
「はいはーい。本当、大変なもの背負っちゃったよね…背負わせちゃったのかな」
「……あったかい」
「こちらこそ。体は大丈夫なんだよね?」
「たぶん」
「……三人目、じゃないよね」
「うーん、ちがうとおもう。かんじがちがうもの。ざんねん?」
「ちょっとね」
「うふふ。わたしも」
「そりゃ嬉しいな。……君も、二人も、もし三人目を授かっても。頑張って護るから」
「ありがと」
もう一度、笑顔。ゆっくり撫でて、おやすみなさい。
柔らかな髪。優美な輪郭。暖かな体と心。大好きな人。

203
村雨の夫 2017/03/31 (金) 20:56:43

「もう四月」
「早いですよね、ほんと」
「ね。…ん、おいしい」
三月末日、あいにくの雨。冷えるというほどでこそないが、まだ暖気は遠い。未だ来ぬ春を補うように暖かな夕食。

「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る…」
「おさるさん?」
「いなくなっちゃう、ってこと」
何気なく口にした言葉に、娘たちが反応する。春休みは宿題がないとはいえ、バタバタの半年だったからには、この春少しは予習復習してほしい…と口を酸っぱくしてきた甲斐があったかな。

「そうそう。朝霜、よく知ってるねぇ」
「……このくらい、フツーだし」
「あら?じゃあ六年生は普通にいい成績期待しちゃおうかしら」
「なぁっ!」
相変わらず、村雨ちゃんは隙がない。そんなところも勿論好き。
「パパは?目標」
こちらにその砲口がむけられたとしても、だ。

「あー…そうだなぁ」
「お正月のぼんやりの繰り返しはダメよ?」
はぐらかしても意味は薄く、朝霜はしびれを切らして次をも見ている。
「睦月もちゃんと考えとけよ、次来るぞ」
「にゃっ!」
「ね・ぇ?パ・パ・は?」
「皆と幸せに、かな」
視線の先で、村雨ちゃんが赤くなる。僕もきっと赤い。現実の本心だけど、夢みたいな言葉で、まっすぐ目を見て言うにはなかなか気恥ずかしい。けれど、夢を見なきゃ生きちゃいらないよね。

「さ、睦月は?」
「う~ん、おっきくなる!」
「おっきく?」
「ママやパパや、お姉ちゃんや、お姉ちゃんたちみたいに!」
出会いは彼女を大きくした、と思ったが、それ以上に大きくなる糧になっているらしい。まったく喜ばしい。ママの方が先に出るのは…まぁ、いっか。些細なことだ。
「ふふ、いい心がけじゃねえか」
「朝霜は、ちょっと言葉遣い治しましょうね?」
「立派なお姉ちゃんじゃないと追い越されるよ」
「うぐっ……わかった、よ」
そしてひとつ、笑い声。あんまり強制も矯正もしたくないんだけど、そろそろ目に余るしなぁ。自分のためにも睦月のためにも、頼むよ。

204
村雨の夫 2017/03/31 (金) 21:00:03 >> 203

「で、母ちゃんは?」
「パパとおんなじ、かな」
「それは心強い」
「…でも、幸せってなぁに?」
「…そういえばわかんねぇ…わかんないな」
二人にはまだわからないようだ。不幸を知らないってことなら、親冥利に尽きる。
「皆で笑っていられることよ」
「そうだね。今、パパは幸せだよ」
「…じゃあ目標簡単すぎるだろ」
「ずるっこ!」
「なにをー!?」
そして再び、僕らは笑う。愛する妻と娘ふたり。幸せだなぁ。

次の幸せは花見だろうか。また考えよう。
家族と姉妹はいつも通りとして、新任教師に同級生ちゃん、青衣に喫茶に劇団……ふーむ。また考えておかねばな。

205
村雨の夫 2017/04/08 (土) 21:14:26

昨日金曜日、朝霜たちは最上級生として入学式のエスコート役を仰せつかったそうだ。
6年前、自分も手を引かれたことを思い出し、今自分が手を引いている。
自分の成長を客観的に見直すいい機会になっただろうか?

…なったかもしれないが、春休み最終週末を惜しむだらだら感からは伝わらない。
雨のせいもあるのだろう。花見にも行けやしない天気は、だらけても仕方ないかも。

一方、僕の方はだらけてはいられない。
お衣からの電話では、いよいよ締め切りが近いとのこと。
「Juwel des Meeres」サイドストーリー本「光崎(みさき)にありて君を待つ」、最終稿も大詰めである。

メインストーリーだった海賊たち。彼女らを時に助け、時に助けられた人たち、あるいは彼女らに打ち砕かれた者たちの物語。出会うまでの、出会ってからの、帰りを待つ間の物語。
元提督として、彼女たちを「鎮守府に在りて待つ」ことしか出来なかった僕にはピッタリかもしれない。自負であり自嘲だ。

雨音は、誰かさんの影響以前に、嫌いじゃない。お洒落な彼女の選んだ紅茶を頂いて、未来と過去を航行する。
村雨ちゃんはじめ、僕の指揮下にあった者たち。彼女たちのためになっていたのだろうか。
朝霜と睦月。輝きを願う娘たち。待つばかりでいるのはもう嫌だ、というのは過保護なのだろうか。
無限の後悔、有限の光栄。無限の可能性、有限の可能性。キリのない思考の航路は、どこまでも。

休憩はほどほどに、家族に叱られない程度に……。

206
村雨の夫 2017/04/13 (木) 22:25:30

龍驤のお気に入りは交通系のICカード。年齢確認をされないから。
中身にそぐわず見た目は幼いから、終戦後は買い物にもなにかと苦労したんだと。
幼いと言えば、声が何故か睦月や如月ちゃんに似ている。声真似してからかうのは、ちょっとやめていただきたいかな…。

207
村雨の夫 2017/04/13 (木) 22:26:14 >> 206

(このくらいの数行の軽いのでいいのだ、というアピール)

208
陽炎家の執事 2017/04/15 (土) 02:04:26 68850@3c72f

桜が満開を迎える中、陽炎家はイースターの飾りつけに大忙し。
去年はエッグレース、エッグロール共に快勝した舞風お嬢様。ですが今年は鎮守府メンバーもリベンジに燃えているようで。
始めから勝った気でいると寝首を掻かれるかもしれませんよ……?

209
村雨の夫 2017/05/04 (木) 02:59:40

黄金週間。
若干の飛び石といった具合で、遠出をするには少しばかり好ましくない。
すると、自ずと家か、近所か、精々が日帰りが限度となってきて……つまり、村雨ちゃんの負担が増えるのだ。哀しいことに。

ではどうするか?
これまでは僕が駆り出されたり、白露家に支援を頼んだり、というのが王道だったのだけれど、今年は娘たちも家事の手伝いをすることになる。

家庭科の授業で教えられてるだけに完全なポンコツではないが、とはいえ知識と知恵は違う。
さぁ、これから何を覚えて、何を編み出してくれるやら。

210
村雨の夫 2017/05/16 (火) 00:25:55

青葉を見ても、お衣を見ても思う。
鳳翔さんも龍驤も、ザラも、ポーラ……は違うような。いや、あいつもだな。
勿論、白露義姉さんたちを見たって思う。
よくもまぁ、あれだけ働けるもんだ。艦娘時代も、今も。
僕にはとても、真似できない。

211
お酒作り 2017/05/21 (日) 20:03:03 afffb@d1568

時折うだる暑さも眩しすぎる日差しも山奥の方の我が家ではまだ比較的落ち着いている。
春の我が家のお酒作りは一段落したもが今度は田植え。冬のお酒作りには欠かせない大事な原料だ。
「このナエをここに?」
「先生上手! ひゃあっ!?」
「どうかしました?」
「カエルさんねー、泳いでるから当たっちゃったみたい」
「あービックリした……」
カエルに触れて驚く朝雲、カエルを見つけて微笑む山雲。そして初めての田植えに興味津々なサラトガ。
姦しいとは言うけれど決して煩いばかりではない、山合にとっては華やかになる大事なイベントだ。

本来であれば機械を使うのが確実で楽なのだが、自然と触れ合う機会が多い方がいいと我が家は一部の区画を手植えで行っている。
土や水、植物や生き物。自然の全てに触れられる大地の一角を触れられることは将来大きな経験になるはずだと僕なりの考えだ。

僕も脇で田植えをしていると二人の声がした。
「終わった?」
「じゃーんお腹空いてると思って雲龍と作ってきました!」
声の主は僕の妻で文筆家の雲龍とその編集の飛龍。優しく子どもたちを微笑みながら見る妻と元気そうにウズウズしている飛龍。
本来であればプラスとマイナスのような二人だがだからこそ馬があっているのかもしれない。
劇の方で書く仕事をした事からドラマや映画にもと声があったが断り、マイペースにエッセイのお仕事をこなしている妻。
それが上に通るように推し進めた飛龍。
とても良いコンビだと思う。
「そろそろお昼にする?」
「うん、レジャーシート敷こうか?」
「助かるわ」
「じゃあ私はあの子たち呼んでくる!」

これが今年の僕らの春。
もう暦の上では夏だけど山村は今日も元気です。

212
お酒作り 2017/05/21 (日) 20:19:24 afffb@d1568

「Suica、ICOCA、PiTaPa、SUGOCA、PASMO…?」
新年度の前の頃、大学院に行くときに使う定期券を買うにあたりICカードを調べて首を傾げるサラがいた。
雲龍も滅多に使わないパソコンの画面を見て調べているようだが悪戦苦闘している。
「どれを買ったらいいのでしょう……」
「どれも同じだから気にしなくていいと思うわ、大学院の最寄り駅の路線だったら───」
「ですがこれもキュートですし……」
「そうね……」

ん?何かズレているような……。

結果的に葛城に電話して聞いていたけれど少しは僕に聞いてくれても良いのになあ。
車社会の田舎だと電車に乗る時は少ない。
朝雲と山雲には電車に乗らせる練習をさせるべきだろうか……。

213
村雨の夫 2017/05/22 (月) 21:39:06 修正

「その言い分もわからんではない…けどさぁ」
「私としてもそんなにいい気分じゃないよ?でも、上からの提案だし……」
「何々?何のご相談かしら?」
考え込む僕とお衣に割って入るのは村雨ちゃん。その手元の盆には三人分の紅茶。
普段は気安く、あるいは真面目に行われる打ち合わせが、苦々しい雰囲気の中で進行している。悪い意味で珍しいこの状況に、彼女の言葉選びは軽々しくも、心配の声色をしている。

一服入れてから、お衣が切り出す。
「……『宝石』と『光埼』、発売に合わせて色々やることになったの」
「旅行会社とタイアップ打ち出してくのはいいんだ。その辺はパイプ持ちの飛龍さんと出版社の企画部、お偉方でこう…キャンペーンを主導する感じだそうだし。青葉も旅に強いから、重宝されるらしい」
「ふんふん。それで?」
紅茶に口をつけて、村雨ちゃんが先を促す。
「会議の中で、それと加えて現場の先生も定番のサイン会とか、講演会をやろうって話にもなったのよね」
「普通…よね。あなたも結構慣れてるじゃない。何か問題でも?」
「慣れてるね、ありがたいことに。……僕は、ね」
「……ははぁ?」
わが妻は察しが良くて助かるよ。

「問題一、雲龍さん」
「あんまり人前に出ないって話だったわね」
「その辺は飛龍に交渉投げてる。これは一番付き合いが長い飛龍が話すしかないわ」
「だから、ここは気にしても仕方ない」

「問題二、発起人のグラーフ氏……は、忙しい人だからね」
「これも飛龍が請け負う部分ね」
「なんか飛龍さんへの負担大きくなーい?」
「人の向き不向きっていうか、連絡取れるのが飛龍さんだけみたい」
「だけっていうと語弊があるけどねー」

214
村雨の夫 2017/05/22 (月) 21:42:08

「問題三、僕」
「なにかあるの?問題」
「……担当編集として言いたくないんだけど、集客力が足りない」
「……はい」
「なぁに?あなた、結構人気あるんじゃないの?……私、パートとかした方がいい?」
「ううん!大丈夫、大丈夫。ちゃんとわがレーベルの稼ぎ頭……中堅…えぇと…」
「気を遣わないでいいよ。大作家じゃないのは、ちゃんと自覚してます」
「あんまり卑下しない。ちゃんと一家養えてるじゃない」
「えぇ、おかげさまで」

「それにしても、たまに講演もイベントもしてるじゃない」
「『スポンサー付きの企画に彼の集客力だけでは採算が合わない』……と、部長が」
「何よ、失礼しちゃう」
「まぁまぁ」
「……なぁに?にやついちゃって」
「怒った顔もかわいいなぁ、と」
「……えへ~」
「うんうん」
「……ツヅキイッテモイイ?」
「「アッハイ」」

「第四の問題。これが最大なんだけど」
「……『朝霜たちを参加させる』だって。部長サマも偉そうなことを言いやがる……」
「ここをねー、ずっと苦い顔で考えてて…」
「わが夫ながら、過保護なパパだものねぇ…」
「ウォースパイト呼ぶって話がいつの間にかね。ちなみに企画部は親子関係知らないの」
「だから、教育上の都合でとか言えないんだよね……くっそ…三人を客寄せパンダかなんかみたいに扱いやがって…」
「なるほど」

「イベント自体、そんなに長く大きくやるものじゃないし。集客の(フック)にも(キー)にもなるんだけどね」
「滅多に出来ることじゃないし、いいんじゃない?やらせてあげなよ」
「……いや、僕としてもいろんな経験させてあげたいんだ…けど、役じゃなくて人として人前に立つのはやっぱ大変だし…」
「あなたって本当に心配性ねぇ…」
「これで時々ネジが外れて動き出すから、ね。日頃の奥様のご苦労、お察しします」
「いえいえ。今度女子会しましょ」

215
村雨の夫 2017/05/22 (月) 21:42:15 >> 214

「ねぇ、あなた。あなたがいろいろ心配するのもわかるよ?」
「……考えすぎかな」
村雨ちゃんは、優しい目で語り掛けてくれる。
「ううん、それ自体悪いとは言わない。おかげで私たちは生きてるもの」
お衣は紅茶を静かに飲んでいる。
「でも、今は失敗したら沈む任務じゃないんだし。本人たちに決めてもらうべきじゃない?」
「……そうだね。あの子たちも、一人前の役者だからね」
穏やかな滴が、心を洗っていく。

「……私、結構前にそう言ったんだけど」
「あ、りゃりゃ…」
お衣がちょっと拗ねてしまったのにも気づけないほど、こじらせていたらしい。我が悪癖に根気強く付き合ってくれた彼女を労って、娘たちの……否、女優たちの帰りを待とう。

216
お酒作り 2017/05/22 (月) 22:04:02 afffb@20a39

「嫌」
バッサリ。刀ならどんなものでも斬れる程の見事な切れ味。
普段は垂れている目付きが鋭くなっている様子から怒っていることは一目瞭然。
「まー予想はしてたから良いよ」
天岩戸、もとい自らの書斎に篭った雲龍にため息をつく飛龍。
最早慣れっこと思いきや今回はそうでもないらしい。更に大きなため息とともに髪をかきあげる。
「上からの企画で旅行会社とタイアップを行うときの航空会社のお偉いさんと私がパイプ役なんだよ、私は一介の編集なのにっ!」
「大出世なのに嬉しくない?」
「この前のパーティーとかで上がやらかしてグラーフさんとあんまり良くないからさ、汚名を濯ぐ役割を押し付けられただけだし」
なるほど、確かに飛龍はグラーフさんと関係は悪くなかったからうってつけと言えばうってつけ。
だが可哀想ではある。
「何とか雲龍は説得はしてみるから、交渉をまずは頑張ってみなよ」
「あーなったらテコでも動かないよ?」
「それは……なんとかする!」

217
お酒作り 2017/05/22 (月) 22:41:44 afffb@bb479

天岩戸は思いの外簡単に開いた。
少し飲もうかと飛龍が帰った後に戸をノックしたらゆっくりだが、キチンと向こうから。
龍神のような怒りは治まっており、普段とあまり変わらない。
いや、どちらかと言えばかなり弱気になっているようと言うべきか……。
「サイン会とか講演とかそんなに嫌い?」
「本は人によって見方が変わるでしょう、作者が出張って高説を唱えるのは違うわ。サイン会も世界を壊すきっかけになるみたいで嫌」
本の世界を壊したくない。
世界を壊さないために「現実」と距離を取る。
「現実」を元にエッセイを書いていると言うのに。真面目な雲龍らしいと言えば彼女らしい、読者のことを考えている優しさを含めて。
「世界は簡単に壊れないと思うよ、戦いの中でも壊れなかったし」
「……そう?」
「たくさんの人と出会って、色々なことをして。寧ろ出会いを繰り返して世界は広がって固まるんじゃないかな」
永く、暗く、赤く……。
そんな海をまた明るく広い世界にするために色々な艦娘と共に戦った。雲龍を含めて多くの出会いが僕の世界を広げてくれたと素直に思う。
だからこそ。
「今度は雲龍の世界が広げるために出会うことも大事じゃないかな」
「私の?」
「この前の劇もチャレンジして村雨さん一家とかグラーフさん家とか素敵な人と出会えた、今度のチャレンジも悪いようにはならない……と思う!」
柄にもないことを言ってしまった、間抜けな断定系が恥ずかしい。
「……そう」
クスクスと笑いながら頷く雲龍。
「私の世界を広げるため、少しワガママも良いかしら」
「そのワガママできっと飛龍も助かるよ」

218
お酒作り 2017/05/22 (月) 22:48:26 afffb@bb479

受話器を取り慣れた手つきでダイヤルを回す雲龍。
それから間もなくして大声で歓喜する某編集の声がその向こう側から聞こえてきた。

この話を聞いたら山雲と朝雲はどう反応するのか今から楽しみだ。
サラはいつもよりニコニコ微笑むのだろうけれど。

219
村雨の夫 2017/05/24 (水) 11:43:41

家を建てるとき、村雨ちゃんが要望したことのひとつに、書斎、通称執務室の窓のデザインがある。
張り出した、曲線の窓。そしてそこに小さなテーブル。まるでお姫様の小部屋のような作りは、彼女のこだわりだ。
普段はそこでお茶を飲んだり、本を読んだり、何もしなかったり。家事、育児、僕の舵取りと日々苦労の耐えない村雨ちゃんの、プライベートスポット。

~~

「なんとかモノになりそうなのはいいけど、あなた、たまにとっても怖い顔してる。こーーんな!」
「そりゃ、村雨は小説書くのは詳しくないし、大変さはわからないけど……やっぱり、心配だわ」
「だから、たまに様子を見に来ることにします。そのためのスペース」
「もし、村雨がここにいなくても……一階で家事をしてても、あなたがつらくなったら、この窓辺を見て私を思い出してね」

実際にこの家を建てるずっと前、まだ朝霜がお腹にもいなかった頃に、将来を見据えた夢物語を描いた(白露義姉さんに「いずれ11人暮らしを出て夫婦の家を建てるんだからデザインして損はない」と言いくるめられた)とき、彼女はそんなことを言っていた。
付け足した「家事をしていても」。その本意は、聞き質しはしなかったけれど、わかる。当時はまだ、戦争が終わり軍を離れて、「艦娘というもの」がこれからどうなるか不安定な時期だった。
肉体的に少女、女性であるとはいえ、しかし一度は艦娘だった存在が「入渠」をはじめとするケアを受けなくなったらどうなるのか?
PTSD、シェルショック、「艦の記憶」など、精神面での問題もあれば、政府からの補助金があれど金銭問題もある。
法的には一般市民でも、社会からはどう見られる?
あらゆる方面に山積する問題を前に、村雨ちゃんはもしかしたら、婚約を破棄してでも僕の前からいなくなるつもりだったのだろう。

運良く執筆業で軌道に乗り、心身も大きな傷はなく、無事十数年を平和に過ごしている。言祝ぐべきことではある、けれどそれは結果論で、僕はあの日の彼女の寂しげな眼と声を忘れることができない。
あの瞬間、なぜ何も言ってあげられなかったのだろう。

小さく張り出した窓。書斎の一角。鎮守府以前、少年時代の初めての絵本から、「光埼にありて君を待つ」の見本まで、あらゆるものが詰め込まれた世界の中で、いかなる時も平和を保つそこに、今彼女の姿はない。一階で娘たちと話しながら夕食の準備をしている。
「……よし、よし」
昼間、彼女はここで鼻歌を歌いながらスケッチブックを開いていた。講演の話が決まり、その夜には飛龍さん、お衣経由で雲龍さんも参加することが伝えられて喜んだ村雨ちゃんは、手芸の新作を作るつもりらしい。
村雨ちゃんは手先が器用で、絵も描ければ裁縫もできる。何よりオシャレなので、講演やサイン会の時には何かと気を回してくれる。センスもなければ専属の人もいない僕にとっては本当にありがたい。その一環として、ブローチやちょっとしたアクセサリーを作ってくれることがある。
普段は娘や妹のために振るわれるその腕が、楽し気なその目が僕の方に向かうとき、楽し気な彼女の姿が一層輝いて見えるのは、現金で欲張りだろうか。
綺麗に片づけられたスケッチブックを、小さなランプの明かりで観る。なるほど、光と波をイメージしたデザイン。ふむ、流石のセンスだ、素敵だね。
そしてこっちは……ちょっと僕がつけるには可愛すぎないか。どう見ても女性向けだけど、村雨ちゃんの分は僕のやつの隣にペアで書いてあったし、朝霜や睦月がつけるには大人っぽい。……あぁ、なるほど。雲龍さん夫妻の分か。こっちもペアで描いてある。まだラフ画だけど、気に入ってもらえるといいな。

スケッチブックをしまい、代わりにひとつ、手の物を置く。ピンクの便箋の封はハート形。レジを打ったピンク髪の義妹に口止めしたので、村雨ちゃんはこの買い物を知らないはず。
あまりにあからさま。せめて、便箋は青とか緑とか、他の用事に使えそうな色にすればよかったかな。つい、苦笑いしてしまう。彼女は見つけたらどんな顔をするだろう?
5月23日。恋文の日。

「あなたー、ご飯出来たよー」
「はいはーい」
呼び声に応えて、階段を下りる。今夜、彼女が部屋に入るように、わざとドアを少しだけ開けて。

――5月23日はキスの日でもあったことを、この数時間後思い知らされるのであった。

220
村雨の夫 2017/05/31 (水) 20:46:27

「Buongiorno、遅かったわね?」
「や、ザラ。お昼のピーク避けたくてね」

今日は水曜日、世の中で言うところのレディースデー。村雨ちゃんは母親会で羽を伸ばすらしい。
山雲ちゃん・朝雲ちゃんママ……もとい、雲龍さんを誘うんだ、とか言ってたけど、結局乗っていただけたんだろうか?
ともあれ、普段から僕と娘の相手をしての苦労を発散してこられればなにより。

それはそれとして、その間の僕の居場所は家…ではなく、ザラとポーラの喫茶店。
家のワイン、コーヒーの買い出しを兼ねて、臨時お目付け役のザラの元へ行ってこい、と愛妻からの指示である。
これでも戦時中は僕が指揮官だったんだけどなー。

「…あれ?その服、第二改装の」
「そうよ、よく気付けたました」
「雰囲気変わるからねぇ。どうしたの、方針変えるの?」
「そんなたいしたことじゃないわ。いつものぜーんぶ、クリーニングに出してるから」
「そっか、もう衣替えの時期だもんね」
二人の喫茶店の衣装は、戦時中の制服をアレンジしたものだ。普段は初期の物を繕ったものを着ている。
それが、今日は少し雰囲気が違う。ドレスのテイストが強く、大人としての美しさが漂う。

「さ、私のことはともかく。お仕事始めましょ?はい、ブレンド」
「どーも。あ、これ村雨ちゃんから」
「はぁい。ええと…いつも通りかしら…?」
買い物メモを渡して、コーヒーを受け取る。香り立つ黒は上品に広がる。
さてさて、今日はどんな話が始まるのやら……。

221
お酒作り 2017/06/04 (日) 21:03:17 修正 afffb@2c741

「ただいま」
「お疲れ様」

小さなため息をついて助手席へと乗り込んでくる雲龍。
今日は母親の会だと聞いたから街へと送ってみたけれど普段と同じく読めない表情。
「村雨さんとお話はどんな感じだったの?」
「……少し圧倒されちゃった」
「圧倒?」
「ええ、子どもたちの育て方について──」

良かった。
これだけ饒舌なら悪い会では無かったようだ。
機嫌が良いと彼女は口がよく回る。ミラーに映る表情も心なしか柔らかく見えた。

雲龍の話をまとめてみると村雨さんと子育てのお悩み相談からアドバイス、お料理の献立や他のママ友についてのお話など会話は弾んだようだ。

特に献立は関心があったようでメモも取ったと。
ウチは基本的に和食ばかりで茶色いと朝雲にも言われたっけ。
……雲龍は多く食べられない。艦娘の時もそうだったが、燃費が良いのですぐお腹いっぱいになってしまう。
脂っこいものとか肉系もあまり得意ではない。
(サラトガが我が家に来た時は病気なのとすごく心配されたなあ、サラは対照的に超アメリカンでステーキやケーキをたくさん振る舞って子どもたち受けがすごく良かった)
それで暫く雲龍がショックを受けていたのは僕だけの秘密だが。

村雨さんはお料理が上手で驚かされたようだ。
「本屋さん寄って」
「今はネットでそういうサイトもあるみたいだけど?」
「紙の方が私は好き」
「じゃあ山雲と朝雲を迎えに行ってからね、一緒に本屋行こう」
「ええ」

何事もチャレンジは大切。
どんなものが出来るか分からないけれどできる事は協力したい。

222
お酒作り 2017/06/04 (日) 21:33:50 afffb@2c741

「見てみて!」
ドヤ顔で写真を持ってきたのは飛龍。
雲龍の原稿をもらいに来たとのことだが、締切は翌日だとボヤく雲龍がいた。
きっと原稿を貰いに行く口実に写真を見せに来たのだろう。マイペースというか我が道を行くというか……。
「キャビンアテンダントじゃないか」
「ふふーん! 今回の件で少し交渉したら写真のモデルにどうですかって言われたから着ちゃった!」
写真の飛龍は白と桃色の制服、首元のスカーフがオシャレに決まっている。
「よく似合ってると思うよ、少し驚いたなあ…」
「驚いたってひどい! 馬子にも衣装とかって意味ですか?」
「いやいやそうじゃなくてさ、普段はスーツ姿の方が見ることが多いから新鮮だなって」
「そうですねえ、艦娘の社会進出が増えて私たちも色々な服を着る機会に恵まれてますね」
「コンビニの制服やオーケストラのスーツ……目まぐるしいな」
「戦いが終わるまでずーっと袴だったんですから、楽しいですよ。 普通の女の子はこんな風に色々な服でオシャレするのにしてなかったんですから」

なかなかに耳が痛い。艦娘だけど女の子だ。
オシャレや流行に関しては関心を持っているのであればそれを叶えるのも提督、いや夫や父、いやいや男としての矜持ではないだろうか。

「雲龍とか無頓着だし、今度雑貨屋さんとか行ったらどう? あおぞらってお店が有るんだけど───」

今日は飛龍の言葉をいつもより真剣に聞こう。

223
村雨の夫 2017/06/05 (月) 21:11:01 修正

「よ、っと……」
「ほー、巧いじゃないか」
朝霜の手は気が付けばなかなか器用になっていて、かわいらしいてるてる坊主が期待できる。シルエットは、綿の詰めすぎでぎこちないけれど、それもまた味だろう。……でも涼風、ちょっとは止めてくれ。

「む~……」
「そうそう、そうやって…」
睦月はまだ少し針仕事が怖いみたい。仕方ないことだ。とはいえ、隣に座る時雨義姉さんの指導下で怪我なく進行中。

レベルアップを図るお姉ちゃんと、ママのお手本に憧れた妹。針を使わずに作る方法もあるのに、二人とも即答で高レベル版を選んだ。その迷いのなさは、もはや頼もしく思える域。日曜日・リビングの手芸教室も元気いっぱいで何よりだ。

「いつも悪いわね」
「いーのいーの。姉妹じゃない」
そして、ダイニングでは白露義姉さんと村雨ちゃんが手芸材料を確認している。村雨ちゃんは端切れ布やフェルト、革をはじめとする売り物にしづらいものをもらって、作品を作ることが多い。「あおぞら」としても、端切れの安売りスペースが一杯になりすぎないように我が家に流したいくらいと言っている。
だとしても、一応材料費は出させてほしい…と、考えたのも何年前までだっただろう。姪と遊んで食卓を囲むのが十二分に報酬だと言いつけられてからは、もう何も言えなくなった。それぞれ個性の強い女の子…今は女性だけど、一度皆でそうと決めたら聞かないのは、やはり姉妹ということか。感謝を込めて、歓迎するのみ。

「それにしても、ちょっと今回は多いね?いっちばんの大作作るの?」
「んー…大作っていうか、多作かな?」
「ふーん?」
結局、僕と村雨ちゃん、雲龍さんと旦那さん、グラーフ氏と奥さんの分だけ作ることにしたそうだ。子供たち、もとい女優三人にウォースパイト、青葉お衣飛龍さん……と手を広げていくといよいよキリがない。それに、うちの娘は二人とも参加したけれど、お他所の娘さんは参加してない子もいる。ならば絞った方がいい。
だけれど、その一方で彼女は同時進行で新任の先生三人――サラトガさん、由良ちゃん、鹿島ちゃんまでお祝いする気だという。なんたるプロめいた手芸マラソンか。

ちなみに、先日の母親会で雲龍さんとゆっくり話したけれど、新作のことは話していないらしい。改めて相手を知り、仲良くなって、モチベーションが上がった村雨ちゃんは、サプライズを目指して一層楽し気。
紅茶を淹れる僕は、その背中を止めることができず、無理しないでねと思うばかり。小さなアクセサリーとはいえ、数が重なればなかなか大変だけれど、言って聞くひとじゃない。
いざというときすぐ止められるように、目を離さないことくらいしか出来ません。あとはせいぜい家事をするとか…新作の発案で煮詰まって、心配かけたりしないとか…かな。がんばろ。

224
村雨の夫 2017/06/05 (月) 21:11:54 修正 >> 223

その夜。
「うふふ。ちょっと面白いでしょ?」
「うん、まぁ面白いけどさ…」
各々が作ったてるてる坊主は、睦月と涼風が二つ、朝霜と時雨義姉さんが三つ、僕と白露がひとつずつ。村雨ちゃんは二つ。合計で14個。店に飾る姉妹十人分で十個。四人家族で四個。そこまではいい。
盲点は、最初に出されたお手本の完成品・村雨ちゃんモデルもあったこと。
僕、睦月、朝霜、村雨ちゃん。もう一つ村雨ちゃん。さらに十個。つまり――村雨ちゃん以外にもう一人、二つ分作ったてるてる坊主がいる。これに気付けていなかった。

「もう一回やる?ほら、つんつーん」
「いっちばーん!」
「あなたが言うと、なんだかおかしいわね」
「……裏声は苦手だよ」
書斎の窓に付けられたてるてる村雨ちゃん。それを吊るした紐には細工がされており、つつけばフックで留めて隠した白露義姉さんモデルが下りてくる。いたずら好きの義姉さんがやりそうなことだ。

「店のレジのはふたりが上下逆になったモデルを飾るんだって」
「村雨ちゃん、現役店員じゃないもんね。隠しヒロインだ」
「……なぁに。私が攻略されてもイイの」
「いいわけないでしょう」
ちょっと言葉選びを間違えてしまったかな。だからって、「キャラ」だなんて軽い言葉にしたくないもの。そういう理屈ばった言葉を言うわけにもいかなくて、適当に軽くチョップ。むっとした顔もかわいい。

「そんな男が現れたら、軍刀だって抜いちゃうぞ★」
「あなたの場合、本当にやりかねないわね」
「ま、離れたくないからね」
「離れませんよ、もう」
あきれて苦笑する彼女を抱きしめると、くすぐったそうな笑い声に変わる。

そして、うずめた顔をあげた彼女から、怪訝な声。
「……あれ?じゃあなに?白露があなたの隠しヒロインなの?」
「勝手に設置しておいてとんだ言いがかりを」
「どーなのよー」
「ないない。僕には君だけだよ」
唯一無二のヒロインは、少しだけ葡萄の香り。早めに寝かせておきましょう。
不慣れな手つきで作った、僕モデルのてるてる坊主が待つ寝室へ。

225
村雨の夫 2017/06/17 (土) 10:30:39

冷蔵庫にはまだ人参がある。それをわかっていても、買うしかないと思わせる安さだった。
だから買った。僕の裁量だ。それならば当然、買った責任もまた、僕のに返ってくるのだ。

「おまちどーさま」
「今日はパパがごはんつくったの?」
「そうだよ~。はい」
お行儀よく待っていた睦月が、興味津々に問うてくる。自分の前に置かれた皿を覗き込んだ朝霜は、皿の中の異変に気付く。
「……父ちゃん、これは?」
「カレーだよ?ちなみに鎮守府では毎週『金曜日に」カレーを出す習慣がある』だろ?」
セリフを完全に重ねられて、少し驚く。
「金曜カレーのたびに言ってたら、そりゃ覚えるわよね」
少し呆れた気配を滲ませて、村雨ちゃん。彼女の両手には大人サイズのお皿。

「そうじゃないよ。…何さ、この人参」
「嫌いだっけ?」
「いや、嫌いじゃないけど。なにこの量」
「えー…いつもの4倍くらい」
「「4倍…!」」
そう、4倍。掛け算は二人とも大丈夫かな?四則演算はいつでも大事だぞ。
「たまにはいいでしょ?」

「よくないわよ、もう。こっちにも計画ってものがあるんだからね」
「う、ごめんなさい」
苦笑いでお互いに見合わせて、すぐに笑う。
「ま、たまにならいいのはホント。ふたりもお料理したくなったら言ってね?」
「はーいっ!」
「はーい」
「さ、食べましょ。ちょっといいカレーが冷めちゃうわ」
「手を合わせて、いただきます」
「「「いただきます」」」

226
村雨の夫 2017/06/21 (水) 07:11:42

「宝石」「光崎」の合同イベントまで、いよいよ近くなってきた。
すでに旅行の宣伝は打たれていて、人々を憂鬱な梅雨雲の先、輝かしい夏へと導いている。どうやら飛龍さんの交渉はうまくいったらしく、燦然たるポスターではグラーフさんが中心を飾っている。ポスターに移っていない部分、この手の先には奥様がいたとか、いないとか…。
青葉は青葉で、企画を兼ねた旅行先から写真とレポートをバシバシ送ってくる。元鎮守府のSNSトークルームでは普段からよく発話する方だけれど、ここ数週間は些か多すぎる……元気なのはいいことなんだけど、ね?

――憂鬱な、と世間一般に阿って表現はしたものの、6月20日は村雨ちゃんにとって、僕たちにとって大切な日。ぱっと華やぐ誕生日。
食卓には不格好な野菜が踊るシチュー。朝霜、睦月に任せるのは僕以上に村雨ちゃんが心配していたけれど、なんだかんだで怪我も焦がしもなく、無事出来上がり。僕を過保護と言って笑う彼女も、今日ばかりはなだめられる側。二人の隣でハンバーグを仕込みながら見ていたけど、案外もう心配いらない手際だったよ。流石に、まだ子供だけで包丁を握らせるわけにはいかないけれどね。
ぼくらなりの恩返しで、ママにおめでとう。

「「乾杯」」
木製のグラスが穏やかな音を生む。赤ワインの水面が揺れて、香りが漂う。
「今年は遠出も何もできなくてごめんね」
「あら、それなら夏休みに期待しちゃおうかな?あの子たちの誕生日もかねて」
「あー…タイアップのツアーでも頼んじゃいますかね」
「いいわねぇ、それも」
上気した頬と似た暖色の髪留め。緩いバンドのようなそれは、娘たちからママへ、家で使うための贈り物。柔らかなシルエットが、髪留めで括られたことでさらに上品に、美しい曲線を生み出している。僕は何度この人に惚れ直すのだろう。
ちなみに僕からは、リラックスできるというアロマランプを。僕は何かと苦労を掛けるし、朝霜は最上級生だから何かと大変かもだし……今年の艦の記憶は重かったし。ペンダントとかとも迷ったんだけども、お疲れならそれを支えてあげたいかな。

「…さ、そろそろ寝ましょうか?」
「そうね……えへ」
「やれやれ……おめでと」
「ありがとぉ」
軽く口づけを交わし、手を取ってエスコート。二人の寝室まで、この手は離さない。あたたかな幸福は、永遠に離さない。
この様子じゃ、アロマランプを焚いてみるのは明日以降になるかな。

227
村雨の夫 2017/07/24 (月) 20:45:32 修正

【夏休みを迎える前に(1)】
「うーん…決められない…」
「これもいい、これもいい。こっちもいいわね…」
「ほゎ…きれー」
タブレットを撫でるたび現れる、少しづつ違った表情。照れ、自慢、驚き、笑み。どれもが切り取られた輝かしい一瞬だ。
「なぁ、もういいだろ?はやく決めようぜ?」
悩む僕ら三人の周りをうろうろして、手持無沙汰の朝霜は若干の呆れすら滲ませている。涼し気なワンピースがふわり、空気を含む。
「早く決めないと、ほら、青葉さんにも迷惑だろ?」
「ってゆー、朝霜ちゃんのヤレヤレ顔も激写~っ」
「うわっ!?」

以前の舞台で謎の新人子役としてデビューした三人は、招待公演で訪れたお偉方とSen…川内の不用意なラジオでの発言もあり、いつの間にか同じ事務所の秘蔵っ子扱いになってしまっていた。川内自身、その物言いを(笑いながら)反省したようで、改めて彼女の事務所やウォースパイトの劇団、航空会社や出版社など諸々との関係はないことを明言。これにて騒動は落着するはずもなく、謎は加速し人々の水面下で燻っていた。どこの誰が、なぜあの場に?肝心なところで馬鹿正直すぎるのは美点でもあるが、今回は少し、複雑さを加速させたらしい。
もちろん同級生やそのご家族の方々は知っているのだけれど、幸いご配慮いただけたのか、リークの類もない…少なくとも、うちや雲龍さんちに直接何かが届いたり、ということはない。平穏でいいことだ。

なんだかんだと細々した経緯を振り返ったところで、人は全く忙しなく今と未来を見ている。このまま七十五日が過ぎ、ほどよい形で噂もお仕舞いだと思っていた、春のこと。飛龍さん――「宝石」の陣頭担当者――から届いた一通のメール。曰く、旅をイメージした写真を撮りたいのだと言う。写真もまた本領の青葉が取材の旅から帰ってきた折でもあり、タイアップ企画写真の夏編が撮影される運びとなった。

……それからしばらくして、青葉が我が家にやってきた。全員集合はともかく、ソロバージョンは本人に決めてもらうのが一番とのことである。取材用具はアナログ派でもあるが、新しい物好きな部分もある青葉は、妹に劣らずタブレットを使いこなす。するりするりと、各候補を見せてから「それじゃーあとは皆さんで決めてくださいっ!」と言うだけ言って、タブを渡してきたのだった。

「青葉さん、これ見てもいいか?」
「んー?気になる?どうぞどうぞ!」
「おぉ、すっごい山!ここも今回の企画で?」
「そうですよぉ。ところで、自分の写真は決めなくていいの?」
「……なんか、改めてみると恥ずかしくって。あたいだけど、あたいじゃないみたい」
「そぉ?……なら、カメラマン冥利に尽きますね」
「…?」
「……うん!朝霜ちゃん、こういうの好きなんじゃない?南国の無人島なんだけどねーっ」
「おぉー!」

「これでどうだろう」
「そうね、これが一番」
「睦月もこれでいいとおもいまーす!」
気が付けば朝霜と青葉は、旅の思い出話に花を咲かせていた。うろちょろしていたはずなのに、二人が腰を据えるくらいには時間をかけていたらしい。
「お、これですかぁ。いいの選びますねー」
「そりゃ、うちの朝霜は素材がいいからね」
「なんですか、青葉の腕もあってこそですよ!」
「わかってるわよ、ぐっじょーぶ!」
「じょーぶ!」
「睦月ィ、それ意味わかってんの?」
「わかってるもん!」
「あはは、将来有望ですねぇ!」

結局、選んだのは浴衣で飴を弄ぶ一枚だった。もっと静々としたドレス美人の一葉も、弾ける笑顔で冒険する一葉もあったけれど、自然な可愛さ+α、少しだけ大人っぽい雰囲気をまとったバランスが、「今の」「朝霜」だからこその彩と感じた。一瞬を切り取る写真だからこそ、そういう繊細な個性を大切にしたいものだよね。

228
村雨の夫 2017/07/24 (月) 20:45:52 >> 227

そんなことがあったのも、もう一か月以上は前。夏休みの旅を誘うポスターなのだから、6月ごろから掲示されるのも当然だ。夏休みに入った今、朝霜に誘われて旅に出たような家族もあるのかな。グラーフ氏や劇団の役者、飛龍さん(着ぐるみ)版のポスターも同数刷られたそうだけれど、子役から一人だけ選ばれた朝霜だからこその効果もあったと信じたい。皆様の反応を見るに、謎は再燃すれど身バレも起きていないようだし、よかったよかった。

朝霜らしさと、その中に眠るポテンシャルが輝いた写真撮影会。元気娘か、美人か、その中間か?プリントしてもらった最終候補を見比べて思う。今と未来が見え隠れする、写真の妙ともいうべき三枚。この子は、どんな風になるんだろうね?
「きっと、悪いようにはならないわ」
「そこはまったく、おっしゃるとおりで」
明るい未来へ、暑い夜。

229
お酒作り 2017/07/24 (月) 22:11:09 0088a@20a39

通知表。
まあその結果如何では楽しみな夏休みのスタートが落雷とともに始まってしまう、開けてはならない魔法の冊子

(僕はそういう点では雨乞い師の才能があったんだろうな)
幼い頃をふと思い出して、お務めを終えたお酒のタンクを洗いつつ苦笑してしまう僕。
しかしながら、僕より雲龍と似た山雲と朝雲は雨を呼ぶ才能がどうにもなかったらしい。

まず朝雲。
彼女は勉強をよく頑張ったと思う。
あまり本を読むようなタイプでは無いと思っていたが、図書館から借りてきた本をよく読んでいたし、時には雲龍が書いた本にも果敢に挑む姿をよく見た。成績も良かったのでしっかり反映したのだろう。
ただ持ち前の強気が出てしまい、睦月ちゃんらと意見でぶつかることもしばしばと書かれていたので今後は注意しないと…。

一方で山雲。
マイペース、ゆるふわ、ほんわか。
柔らかい言葉が似合うものの人と競る気持ちについてはあまり強くない彼女。
しかしながら多角的に物事を見ることが多く、仲裁役を行っていたようだ。
田畑に足繁く通い体力が養われたと思ったら観察力も育ったらしい。
もう少し押しが強くても良いのでは…と書かれており、気持ちを育てることも大事な親の役割だろう。

とは言え名前に雲が付いていながら涙雨を降らせない2人の成績には僕はとても嬉しい。

そうそうサラトガは目下大学院の試験の勉強中。
雲龍の書斎で黙々と行っている。
『私の夏休みの始まりが遅いです』とショボンとしていたが、彼女もまた雨を呼ぶ才能は無いのだろうなと僕は予想している。

さて、そんな終業式の今日。
今日は山雲の大事な進水日、誕生日。

田畑や野山を駆け巡る彼女へのプレゼントは新しい靴。
きっとこれもすぐ古くなってしまうのだろうけれど履き古した分だけ大人に近づくと考えれば…。

230
村雨の夫 2017/07/25 (火) 12:51:26 修正

【夏休みを迎える前に(2)】
朝霜が役者(モデル)としての仕事を務めたように、僕もまた、あの企画のメンバーとして、夏の仕事をする。すなわち、講演会――『宝石』と『光崎』の合同イベントである。
『海』の日に合わせたタイミングで、僕と雲龍さんで書店を巡るイベント。残念ながら、グラーフ氏は都合が合わなかったらしい。なんでも他の仕事やら、知己の旅行のコーディネートだか…?詳しくは知らないけれど、どこにおいても引っ張りだこ、ということらしい。

幸か不幸か、当日はよく晴れていて人でも多く、はっきり言ってえげつない陽射し……。地元から少し離れた土地ということもあって、これが結構大変だった。
そんな中でもおめかししてはしゃいでいた小学生四人には、まったくかなわない。

午前、午後、夕方で三店舗でトークショーは、大過なく終了。
結局、過保護な僕の提案もむなしく三人が一枠ずつ出演することに。まずは午前で朝霜が手本になり、夏の暑苦しさを中和する山雲ちゃん、日の暮れるには少し早い時間に月が登った。
それぞれのキャラのイメージと、素の本人の両面で、場を和ませられていたと思う。緊張はしていたけれど、いい経験になったようだ。彼女たちのサイン本は貴重!ゲットした方は大事にしてくれ。

朝霜は元気な姿を、山雲ちゃんはマイペースな返答を。睦月は袖でちょっと眠そうにしていたのが心配だったけど、舞台に上がれば思ったよりハキハキ応えていて、子供の成長には驚かされる。
三人とも、ファン増えたんじゃないかな。「次回」は、過保護な僕としては予定してないんだけども…どうなるかな。

雲龍さんの舞台不慣れが問題に上がってはいたものの、旧知の飛龍さんを司会に迎えての進行のおかげか、何とか緊張も解れたようだ。村雨ちゃんお手製の髪留めと、クリスマスのときの眼鏡も、少しは気を紛らわす効果があったらいいんだけど。
ともかく、おかげで先生からは創作論から技法まで、興味深い話を聴けた。

一方の僕も、巧いこと振ってくれて話しやすかったな。待つ者として、提督としての経験とか…舞台演劇文化についてとか…今年も暑くてしんどいとか…あと、少しだけ新作の話とか。
ざわめきを直に感じながらしゃべるのは、舞台とも執筆とも違う喜びがある。飛龍さんの段取りが割合ざっくばらんだったのも、気楽でありがたかったかも…お衣はきっちりしすぎなんだよな。
いつもはお客さんの顔を見る余裕はあんまりないんだけど、今日は笑顔のお客さんの顔がよく見えた。……見覚えのある顔もあった。如月ちゃんも清霜ちゃんも、雲龍さんに会いに来たんだろうか。そんなことを考えられるくらいには、リラックスして舞台に上がれたということだろう。よかった、よかった。

出番のなかった子供三人を控室で制した村雨ちゃんと雲龍さんの旦那さん。そちらもなんだかんだと楽しくやっていたようでなにより。作家の伴侶としての苦労話でもしてたのかね…。
朝雲ちゃんは結局、ついてきて舞台袖から見てるのはちょっとだけ可哀そうだったかなぁ……と思ったけど、気にするほど落ち込んでは見えなかったし、よかったのかな。

夏の計画やら、誕生日の話やら、通知表で勝負とかとか、暑くて熱い話が弾んでいたようだ。
海の日から間をおかずに訪れる朝霜の誕生日と、そこから一週間もしない睦月の誕生日。如月ちゃんと清霜ちゃん、引率のサラトガ先生とも合流しての12人打ち上げとはまた別に、お楽しみに。

地元に帰って、風を感じる。薫りを感じるほどの潮風というわけではないけれど、都会の熱風とは確かに違う風は、海から流れ込んできている。今宵も星は瞬き、海を征く人たちの指針となってくれているのだろうか?
僕らの、この子たちの旅路はまだまだ続いていくけれど、なるべくなら穏やかな航路(みち)で、輝かしい宝石に辿り着くことができればいいな。少し傲慢かもしれないが、思わずにはいられない。

231
村雨の夫 2017/07/31 (月) 18:03:15

【夏休みを迎える前に(3)】
騒々しく蝉が鳴く。賑々しく子供は笑う。
夏本番がやってきた。

もちろん、だからと言って手放しで夏の中に飛び込んで行かせるわけがない。僕と村雨ちゃんにより門戸は固く閉ざされて、にらみつけるは通知表。
まずはきちんと報告に帰ること――少し厳しい言い方になったかもしれないが、締めるべきは締める。学校が終わってそのまま遊びに行かないように、それぞれで言いつけておきましょう、とは親同士での連携である。

朝霜は上々の滑り出し。演劇の準備で遅れた分もなんとか取返し、完璧ではないものの誇れる成績だ。特に体育は相変わらずの好成績。一方で、言葉遣いも荒っぽいし、朝雲ちゃんとぶつかるしで先生には苦労を掛けているようだ…。
元気なのはいいことだけれど、そろそろ厳しくいくべきか。落ち着いた如月ちゃんや、レディ志向の清霜ちゃんを見習ってほしい。

睦月はその点、素行良好。若干癖があったりはするけど、元気さと好奇心でカバーできているようだ。昔は少しママっ子な部分があって――今もまねっこぐせはあるけれど――人任せな部分があった。おそらくは、朝霜の友達や僕の戦友の関係で年上とばかり付き合ってきたから、誰かに引っ張られることに慣れすぎたんだろうな。その意味では、少しずつ主体性、個性が生まれてきたということ。嬉しいねぇ。
あとは、好奇心で食いついたものを上手に伝えられるといいかな。咀嚼して、アウトプットする能力は僕の領分でもあるが、どうも山雲ちゃんの得手でもありそうだ。いい影響を頂いていこう。
勉強の方もなかなか。ここからどう伸びるのかな。

総評して、文句なし!僕らは笑って門とギフトボックスを開ける。
二人の誕生日はともに夏休みの始まりと近く、一週間ずらしでお祝いするよりも、一度に大きなお祝いをした方がいい、という方針だ。
…ケーキとかの準備が二回になると、結構高くつくからね…。来年からは二人の終業式がずれるけど、どうしようかな…。
肝心の贈り物について。朝霜にはカッコいい腕時計(僕選び)を、睦月にはオシャレな帽子(村雨ちゃん選び)を。インドアな贈り物も考えたけれど、勉強は(ある程度は)後からでも出来る。今は経験を、太陽の下で積み重ねてもらおう。

さぁ、夏本番がやってくる。