風の谷の隠れ家~こっそりヒトリゴト置き場~ 検索除外

休むこと

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私はとにかく、ゆったりしたり、寝たり、ごろごろしたりすることが大好きで永遠とできます。
ですが、最近仲良くしている男性はそうではありません。
彼の部屋にいてボーッとしていたら、「はあ、またボーっとしてる…」とか言われ、「何を言っているんだ」と思い、言い返しました。
「私の行動をあなたに制限される必要はないし、そもそも私が何をしていようとあなたには関係ないし、迷惑もかけてない。」などと😂😅

見ている限りですが、そもそも自分を信用していないし、何かを頑張っていないと不安になってしまうのだと思います。本当にずっと不安。

私の母も同じように、母が昼寝をしていたり、ゆっくりしていて、それから起き上がり、そこに私がくると「あ、今からこれをやろうとしてたんだ。」とか「今までこれをやっていて…」みたいな言い訳が始まります。

私が感じることは、「休むこと=悪いこと」のようなことを言われ続けてきたか、「僕は、私はこんなに頑張ってるのに、我慢しているのに、どうして君は頑張らないんだ、我慢しないんだ!」と思っているか🤔
休むことでさえ、普通のことではないことになってしまうのかと考えると、私のマインドには全くないことなので考えられません。
人間は休まなければ、心が疲弊してしまっていたらよい考えも浮かばないし、前へ進むこともできない。ずっと頑張ることで心が充実するなら別ですが、そうでなかったら、休めばいいし、ずっと頑張ることは美徳では決してないと思うのです。上記に書いたような不満がでるのなら尚更だと思います。
あまりにもそういう人が多いようにも感じるのですが、それだといやあ…。😅参ります。

SARI
作成: 2020/07/15 (水) 03:14:35
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stella marina 2020/07/15 (水) 11:25:59

めちゃ共感します。
私もゴロゴロダラダラが大好きなので(^^;
でも、私の中にも「休みすぎること=悪」の方程式はこびりついていて、何もしないで1日が過ぎてしまった日とかは、自己嫌悪になってしまったりします。
だから、その男性やお母さんの気持ちも、少し分かります。
ただ、ずっとその考えに縛られているのはツラいと思うし、何より自分に課すだけではなく、相手にまで求め出すと、求められた方はしんどくなっちゃいますよね…。
私の内面を見つめてみると、休んでいて何もしていない自分を責めてしまうのは、「何もしていない自分には価値がない」という、自己受容の低さに原因があると思うんです。
だから、自分自身にも、動かないことに罪悪感を感じてしんどそうな人に対しても、「何もしていなくても、そのままのあなたが大好きだよ」っていうメッセージを、根気強く伝えていくしかないのかなと思います。
日本では特に、家庭や学校で、こうした自己受容を押し潰すような教育をされがちなので、多くの人にかなり頑固にこびりついてしまっていると感じます。
だから、自分にも他人にも、粘り強く、新しい心地よい価値観を植えていくような感覚で、接するしかないのかなぁと思います。