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正社員の初任給に「最低賃金が迫りつつある」異常事態。このままでいいのか?

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9月28日、米アマゾンが米国内の物流施設で働く人の平均初任給を10月から前年比約6%アップの時給19ドル以上に引き上げると発表したことが大きな話題になった。円安ドル高が進んでいるとはいえ、1ドル=149円なら時給2834円だ。同じ初任給でも職務や地域によって16~26ドルの範囲になるが、最も安い16ドルでも日本円で2386円になる。物価上昇が続くアメリカの超巨大企業と単純比較することはもちろんできないものの、一方で東京都の最低賃金は1072円にすぎない。正社員の給与が上がらない日本だが、今や行政が主導する「最低賃金の引き上げ」が、正社員の賃金の上昇を上回り、最低賃金に応じて給与を引き上げるという事態すら起きている。

最低賃金、引き上げ相次ぐ
日本では10月1日から、最低賃金(最賃)がアップした。地域別最賃の全国加重平均は2021年を31円上回る961円。過去最高額の3.3%アップとなった。最も高い東京都は31円アップの1072円、続いて神奈川県の1071円となった。もちろん最賃は文字通り法律が設定した最低レベルの賃金であり、正社員・非正規に関係なく地域別最賃額以上の賃金を支払わなければ法律違反となり、50万円以下の罰則が科される。最賃は主にパート・アルバイトなど非正規社員の賃上げの役割を担っているが、それ以上に期待されているのが正社員を中心とする毎年の賃上げだ。今年の春闘の平均賃上げ率は労働組合の中央組織の連合の最終集計結果は2.07%(6004円)。3年ぶりに2%台になった。

苦しい物価の上昇
しかし、それを上回る勢いで物価が上がり続けている。8月の消費者物価指数は円安と原材料やエネルギー価格の高騰により前年同月比3.0%(総合)と、消費税増税を除いて30年ぶりの上昇となった。一方、それに見合う賃金は上がっていない。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、8月の名目賃金は前年同月比8カ月連続でプラスとなっているが、物価等を加味した実質賃金は1.7%減少。4月以降、5カ月連続でマイナスとなった。賃上げも焼け石に水の状態だ。このまま放置すれば可処分所得が減少し、家計はますます苦しくなる。それだけではない。上がらない賃金を象徴する異常な事態も発生している。正社員の賃金を非正規主体の法定最賃が徐々に追い上げているのだ。

最賃引き上げで4割「給与アップ」
10月からの最賃アップを受けて「最低賃金を下回るため、最低賃金額まで引き上げる」と回答した企業が24%に上った。また「最低賃金を下回るため、最低賃金額を超えて賃金を引き上げる」も17%いた。つまり、計41%の企業が最賃アップで賃金を引き上げざるをえない状況になっている。また、「最低賃金は上回っているが、賃金を引き上げる」という企業も14%もあり、最賃アップの影響力が増している。これは中小企業に限らない。従業員1000人以上の企業でも「最低賃金を下回るため、賃金を引き上げる」企業が64%と最も多くなっている。こうした事態にアンケートに回答した人事担当者からは「最賃のみ上がり、既存従業員の給料がアップしないため不平等感がある」(サービス関連/300~999人)との声も上がっている。こうしたコメントからも、たとえ最低賃金を上回っている企業であっても、最賃の引き上げによって、企業が給与全体を引き上げる必要を感じているとも言えそうだ。

正社員の「初任給を上回る最賃」という実態
もちろん最賃アップの影響を受ける社員の中には大企業の非正規社員も含まれているが、正社員の中で最も影響を受けているのが高卒初任給だ。例えば東京都の最賃は1072円。単純に試算すると月額17万1520円(1072円×160時間)だ。産労総合研究所が調査した2022年度の高卒初任給の平均は17万3032円。企業規模別で見ると大企業では17万6269円、中堅企業(従業員300~999人)で17万1470円、中小企業で17万2077円だった。最賃が正社員の高卒初任給に肉薄していることがわかる。そして今年の春闘の賃上げでは高卒初任給が最賃にも達していないことも明らかになった。連合の2022春闘の企業内最低賃金の回答集計(7月5日)によると、製造業の回答額は16万5962円、金融・保険が17万6050円。企業内最低賃金は高卒初任給を想定しているが、金融・保険を除いて東京都の最賃を下回る。労組による賃上げも進まず主要な産業別労働組合の回答も東京都の最賃を軒並み下回っている。大手電機メーカーで組織する電機連合が16万6903円、鉄鋼メーカーなどで組織する基幹労連が16万6514円、電力会社で組織する電力総連が16万7400円だ。日本の基幹産業といわれる自動車産業で組織する自動車総連も16万5059円だ。自動車総連は2020年の春闘要求で初めて企業内最低賃金を「18歳16万4000円以上」とする労使協定方式を盛り込み、2022年も高卒初任給に準拠した「18歳16万8000円以上」での協定化を掲げた。組合員の賃金アップに向けて率先して戦ってきた代表的な労組と言える。春闘の取り組み方針では地域別最賃を意識し「2022年頃には全国加重平均が1000円程度、とりわけ東京・神奈川では1100円程度となることが見込まれる」と傘下の労働組合に発破をかけている。しかし自動車総連はベースアップに関しては2019年以降、要求額を示していない。ただし初任給に関してはさすがに最賃の上昇で足下に火が付いた格好になり、最賃基準死守を掲げていたが、結果的には他の産別労組と同様に最賃を割る結果になった。

「60年前の状況に逆戻り」という異常事態
そもそも日本の最低賃金制度は1959年、当時多かった中卒初任給の最低額を決定する業者間協定方式の法制化に由来する。労働者を抜きに使用者だけで中卒初任給を基準に最賃を決める方式に労働組合からも批判が相次ぎ、1968年に法改正により公労使3者の審議会方式が基準となり、その後、現在につながる全都道府県での地域別最低賃金や目安制度が発足し、最賃が上昇していく。つまり最賃の出発点は中卒初任給を下回らないとする、まさに最低の賃金水準だった。ところが今や高卒初任給が最賃を下回るという60年前の状況に逆戻りしているのだ。まさに異常事態というしかない。春闘や賃上げの歴史に詳しい労働政策研究・研修機構の荻野登リサーチ・フェローは、次のように指摘する。「産業別労働組合の高卒初任給を所定内労働時間で割ると時給換算で900円半ばになり、高卒初任給とほぼ同じになる。地域別最賃が時給1000円になると下回ることになりかねない。業者間協定による中卒初任給水準という最賃の出発点に逆戻りし、最賃が企業内最賃に迫るという皮肉な現象が起きている。労働組合の取り組みとしてはあってはいけない事態だ」

やがて大卒初任給にも迫る?
正社員の賃金が最賃に追いかけられる状態こそ今の日本の賃金水準の低さを物語っている。政府は最賃については全国の加重平均1000円を目指しており、一昨年、今年と3%程度アップした。それに対して春闘の正社員主体の賃上げ率2%程度。このままで推移すれば、高卒初任給どころか大学卒初任給や20代社員の給与もいずれ最賃に迫るという、笑うに笑えない事態も起きかねない。日本の賃上げはもはや行政主導の最賃アップにすがるしかない、という悲しい状態にある。

(2022.10.20 ビジネスインサイダー)

オフィスタ
作成: 2022/10/20 (木) 12:03:20
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