F22087
2024/12/18 (水) 21:22:13
a7b12@df3be
大野の供述の信用できる点として「一貫性」を挙げていたが、指示を受けていたという大筋だけが一貫しているのであって、他の細かい部分は違いがある。この違いが尋問者の誘導によってできたものか、記憶の変容によってできたものかは、白黒つけることは難しいのではないかと思う。だからこそ、供述の中身を分析するのではなく、コミュニケーション分析が必要だと考えた。コミュニケーション分析をすることで、供述の中身ではなく形や質について検討できる。
OQをして供述者が答えられないことより、CQをして供述者に情報を与えることの方が危険だと感じた。CQをして供述者が得た情報で調書が作られたら、一見ちゃんとした自白に見えてしまう。情報を与えることで作られた自白が、真の自白と捉えられてしまう。それならば、OQをしてなるべく情報を与えないようにし、尋問者発の情報を使用した自白をさせない方が良いのではないか。
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細かい部分が変動していても、大筋が一貫していれば「一貫性あり」と評価されるようです。細かい部分の変動に着目することが意味あることであると主張しないといけない。
「コミュニケーション分析をすることで、供述の中身ではなく形や質について検討できる」のは確かですが、どうして形や質を検討することが重要なのですか。
CQの問題については、調書の作成過程、司法面接などで指摘してきました。ここでもまた復習できましたね。
4点差し上げます。