F22062
2024/11/13 (水) 16:37:14
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犯罪があったことその事象があったことをあったと判断できるかなかったことをなかったと判断できるかが重要である。判断する材料が、人間の証言の場合それを信用できるのか、聞き出し方で証言が不確かなものになっていないかそのようにしないためにはどうしたら良いかをこれまでの講義で学んできた。しかし、いつも思うのは対人間で話をする以上「あったことをなかったとしてしまうこと」や「なかったことをあったとしてしまうこと」は完全にはなくならないのではということである。人間は間違えるものだからいくら気をつけて取り調べなどをしていても記憶を捻じ曲げてしまうようなことをしてしまったり、講義の内容でもあったような組織の中での圧力などに負けてしまったりする。だからこそ取り調べなどを録音録画することで確認をすることが大事になっているという現状があるのだと思う。それによって「なかったのにあったことにされた」、「あったのになかったことにされた」という状況がどのように変化したのかはわからないが人間が人間を法のもとに裁く、取り調べる、過去の事象を確かなものにするには人間の力だけでなくて機械など自然(人は忘れてしまうなど)に反しているものをうまく取り入れて確実に判断していく必要があると感じた。
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可視化の必要性を説いている文章に見えますが、それでよろしいですか。可視化されていても、供述の起源が体験であることをいかに保証するかということが、今回の授業のテーマでした。その方法としていくつか挙げましたが、どれにも心もとなさが残りましたね。なぜ心もとないかを理解してもらう授業でもありました。そこがわからないと、多分可視化しても「犯罪があったことその事象があったことをあったと判断できるかなかったことをなかったと判断」することは難しいのではないでしょうか。
この文章、スマホから入力しましたか。句点が少なすぎて読みにくいです。読みにくいと、それだけで読んでもらえなくなりかねず、とても勿体無いことになります。
4点差し上げます。