F22095
2024/09/27 (金) 12:41:04
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「法が想定している人間と現実の人間がずれていることがある」という文が、朝ドラ「虎に翼」を視聴していた際に題材となった尊属殺人罪と合致し、深く納得することができた。昭和48年以前は、尊属殺人罪は通常の殺人罪より罪が重く、死刑または無期懲役であった。理由として、尊属は尊敬すべき、敬愛すべきという倫理観は社会生活を営む上で基本的なこととされていたためである。しかしその後、尊属殺人罪の存在そのものを議論する事件が起こった。女性が実父から性的暴行を受け、10年以上夫婦同然の生活を強いられたあげく、実父との子どもを5人も出産し、正常な結婚も許されない環境に耐えかねた女性は、実父を殺害したという内容だった。従来にならうのであれば、尊属殺人罪にあたるのであろう。しかし、このような事件を起こした女性の環境を含めて尊属殺人罪と、法が想定していたとは到底考えられない。結果的に、尊属殺人は憲法14条違反となり、無効になった。これはまさに「法が想定している人間と現実の人間がずれていた」と考えられる。今後の社会的環境を見守る中、法の制約が人間にとっていい制約なのかを疑い続け、ずれを正すことが必須である。
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「尊属は尊敬すべき、敬愛すべきという倫理観」は悪いものではないと個人的には思います。あなたが挙げている事例は尊属殺人というカテゴリーの不合理さというより、情状酌量をどのように行なうべきかの議論になるように思えます。むしろ、人の命に差があるのかという議論が、尊属殺人というカテゴリーの適合性を問うことになるのではないでしょうか。
みずから問いを立て、解答を与えようとした姿勢は素晴らしいです。
8点差し上げます。