【熊本震災】農業経営者と支援者を結ぶ掲示板

農業に関連する現地情報 / 76

116 コメント
views
1 フォロー
76
われらまちの農縁団 2016/05/18 (水) 14:41:34

熊本本震1カ月、集落再建、自分たちで、西原村、重機持ち寄り作業、「諦めぬ気持ち一緒」。 2016/05/16  日本経済新聞 
 熊本地震の「本震」から16日で1カ月。2回目の震度7の激震は多くの人の平穏な暮らしを一変させた。それでも壊滅的な被害に遭った小さな集落は「古里を諦めたくない」と住民自ら復旧作業に当たり、地域の存続を目指して奮闘している。一方、最愛の肉親との再会がかなわない親は深い悲しみを抱えながらも一歩を踏み出そうとしている。(1面参照)
 「がれきはまとめて運ばんと」。新緑の山林や田畑が広がる熊本県西原村古閑地区で今月上旬、がれきの山を片付ける男たちの声が響いていた。人口約100人の集落はこの1カ月間、農家や建設業者らが重機を持ち寄り、自分たちの手で懸命の復旧作業を続けている。
 震度7を記録した本震で山の斜面に立ち並ぶ約30世帯の住宅や小屋の多くが倒壊し、高齢女性が亡くなった。
 「このままでは集落がなくなる」。強い危機感が住民たちを駆り立てた。翌日、公民館を復興作業の拠点とするため、地中の水道管を修繕しタンクにためた川の水を使うことで水道を確保した。物置小屋を改造し、給湯器にガスボンベを取り付けてシャワー室まで作った。
 作業の中心となる約10人が公民館や車内に寝泊まりし、他の住民も近くの避難所などに身を寄せながら参加する。自宅を失った被災者は遠方に避難する場合もあるが、古閑地区は7割近くが集落近辺にとどまる。
 「多くの住民が家族のような存在。古里を諦めたくない気持ちはみんな一緒だ」。農業の藤田保生さん(66)は熱を込めて話す。
 だが古里復興への道のりは険しい。同地区は地震前から災害危険指定区域だったこともあり、同じ場所に自宅を再建するのは困難だ。近くの安全な土地に集団移転する計画も持ち上がるが、意見が一致するかは不透明。当面、集落単位で仮設住宅に入居できるよう行政に要望しているが、「仮設後」について住民の多くは「見当もつかない」と口をそろえる。
 住民で村職員の高本孝嗣さん(57)は「土地を離れて住民同士のつながりが途切れれば、また元のように皆で暮らすのは難しいのではないか」と不安を募らせる。
 集落存続の危機にさらされるなかでも、住民による復旧作業は連日続いている。こうした古里の記録を残すため、高本さんの次男、祐史さん(27)は地震以降の日常をカメラに収めている。「地震をどう乗り越えたか。子や孫の世代にも伝えたい」と、1年後に記録集を作ることを計画している。「集落を離れてもいつまでも忘れない。そうすれば何年かかってもまた戻ってこられるはずだ」

通報 ...