知佳
2024/06/01 (土) 11:25:31
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拐かし (かどわかし) 第十一話
中秋の明月の夜、新次郎は五ツ (午後八時ころ) 過ぎに現れた。その顔はうっすらと紅潮している。
いよいよ泊るという興奮はもとより、初めて経験する夜見世の賑わいに圧倒されたようだ。
昼見世の時間帯の吉原は閑散としているが、夜見世ともなると漢どもの女を抱きたくはやる熱気に満ち満ちていた。
大門をくぐると左手に面番所がある。 そこを過ぎると遊女が格子の内側に居並んだ張見世があり、大行灯がともされている。
一階の奥に居る楼主は夜見世の時刻が近づくと神棚に商売繁盛を願って拍子木を打ち、神棚の鈴をシャンシャンと鳴らす。
張見世の正面に座るのは上級女郎。 左右の脇の席に若い見習い女郎、新造たちが座り、楼主の拍子木を合図に清掻という三味線などによるお囃子が弾き鳴らされる。
若い衆である孫兵衛たちは清掻に合わせて紐でつるした木の下足札の束をリズムよくカランカランと鳴らし合いの手を入れる。
それが鳴り響いている間に、二階で化粧や着替えを済ませた花魁がすうっと障子を開いて部屋から出て来る。
上草履をぱたぁんぱたぁんと鳴らしながら、ゆったり階段を下りてくる。
張見世の前に多くの漢たちが群がり、熱心に格子の内側の遊女の品定めが始まっていた。
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