知佳
2024/05/21 (火) 14:29:19
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拐かし (かどわかし) 第十話
手初めに、なんとしても吉原妓楼 海老屋に新次郎を泊めないことには苦労して編み出した仕切りもかなわない。吉原の遊女は四ツ (午前十時頃) に起床し、入浴や食事をしたあと、昼見世の準備にとりかかる。
昼見世が始まる前、孫兵衛は二階にある小春の部屋を訪ねた。
小春は上級遊女の部屋持ちで、八畳ほどの個室を与えられていた。 この個室に平常起居し、客も迎える。
部屋の隅には箪笥が置かれ、たたまれた三つ布団の上に枕がふたつ、並んでおかれていた。
壁には三味線がかかっている。
ちょうど、小春は鏡台に向かって化粧をしているところだった。 孫兵衛はそばにすわった。
「どうしたのでおざんすえ、 まごどん、 まじめくさった顔をしいして」
「花魁、昼遊びしかしない新次郎さんのことですがね。 どうです、新さんをどうにかして泊めてみませんか」
「材木屋の若旦那の新さんでおざんすか」
小春はあまり気乗りしないようだった。
新次郎が小春に夢中になっているのは傍から見ても明らかだったが、小春にとっては単なる客のひとりに過ぎない。
遊女として常套手段を用いなければならないのは、時々昼見世に来させる。 そのため惚れているように見せかける。 いまはそれでじゅうぶんのようだった。
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