知佳
2024/05/13 (月) 18:00:05
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拐かし (かどわかし) 第三話
台所口から三和土の様子を窺がってた丁稚小僧のひとりがおずおずと進み出て、手燭の灯りで照らした。「若旦那がお出かけの際にお履きになっていた草履です」
妻の糸がどんなに言い張ろうが頑なに交渉に応じようとしなかった清兵衛が、ここに来て急に落ち着きを失い震え声で言った。
「でっ、 では、 せ、 せがれは今何処に…」
妻の糸は袂で顔を覆ってる。
「それは申せぬ。 無事に返してほしくば、八百両用意しろ。 お手前の蔵には千両箱が積んであるはずじゃ。 たかだか八百両ぐらい、なんでもあるまい。 二分金や一分金を取りまで、八百両を袋ふたつに詰めて寄越せ。 さすれば、新次郎殿も明日の朝にはこの草履を履いて戻って来る。 くれぐれも自身番には届けるな」
孫兵衛はきつく言い訊かせたつもりだった。 ところが、
「せ、 せがれの無事を確かめるまでは、鐚一文たりとも渡せませぬ」
ブルブル震えながら言い張った。
腰に差した刀にチラリと目をやり、孫兵衛は突っぱねた。
「拙者も武士、噓は言わぬ。 刻限は八ツ (午前二時頃) 、長崎橋のたもとに金を持参せい。 独りでは不安であろうから、ふたりまでは認める。
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