名無し
2022/06/11 (土) 02:05:17
d7d19@09fb0
戦術人形の内部構造とか設定があやふやの部分が多い気がする。それに対して、オガスや遺跡とか次回作に直接関与しそうな設定ははっきりとしている……パン屋少女時代には戦術人形は絶滅危惧種扱いなのか?
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OGASや遺跡周りの設定も大概あやふやだけどなあ。遺跡なんか内部構造の描写すらほぼ無いし、OGASも冷戦時代の兵器の制御システムのくせに人格があるわ電子戦が強いわで訳が分からない。それに比べたら人形は開発史もはっきりしてるし余程しっかりした設定してると思う
OGASって大元は、ソ連時代に作られた「国家運営を自動化する為のシステム」じゃなかったっけ? アンジェリアがそんな感じのこと言ってた希ガス。
OGASはイジオートと呼ばれる遺跡由来の『なにか』の制御システムとして開発された三進法コンピュータプログラム。OGASの実装によって兵器として制御可能となったイジオートの事をバラクーダと呼ぶ。1983年のジュネーブ声明で遺跡兵器であるバラクーダが凍結されることになった際に制御システムとしてのOGASも一緒に封印されたが、その時OGASから分離されて平和利用されたサブシステムが国家経済自動化システム。一般的にドルフロの世界でOGASとして認知されてるのはこっち。自分もアンジェさんの説明に首捻ってたけど、要するにアンジェさんは真実を断片的にしか知らないか、あるいは偽の情報をつかまされているという事
分かり難いかなと思ったので日本語メディアで公開されているOGAS開発史の簡単なまとめ
第二次世界大戦でドイツに勝利したソ連は、ドイツ領内に存在した古代遺跡を接収した。ドイツが研究した遺跡の情報だけでなく国家機密情報を保管するシェルターであったこの第一遺跡を掌握したソ連は、その中にあったあらゆる情報と設備を持ち出し研究を始めた
この遺跡の設備はまだ部分的に「生きて」いた。ソ連に移送されたタバサールBと名付けられたユニットはコンピュータを接続することで自己修復を開始し、原理不明の機能で周囲の物質を取り込み始めた。当時のソ連にはこれを解明することは不可能であった
1961年、ソ連の最新鋭三進コンピュータ「Сетунь」を接続されたタバサールBは食作用の果てに不可解な構造をした活動物体を生成した。生物とも機械ともつかず、コーラップス液を消費して金属の崩壊現象を発生させたそれをソ連は「イジオート」と命名した
1971年、イジオートの安定化、及び三進法プログラムによる制御に成功。この理論に基づくコントローラーによって制御下に置かれたイジオートをコードネーム「バラクーダ」として軍に配備。バラクーダの登場によってソ連は冷戦期における遺跡技術開発競争の優位性を確実なものとする
1975年、米ソはベトナム戦争での戦訓からシステムのネットワーク化に着手する。史実米国では後の「インターネット」として完成するこのシステムは、ドルフロ世界のソ連においてはOGASとして結実した。この「上位ホストが下位ホストを支配するツリー構造ネットワーク」に基づきバラクーダの指揮システムは開発が進められた
1983年、ジュネーブにおける米ソの遺跡兵器の放棄宣言(ジュネーブ声明)によって遺跡由来設備の凍結が決定された。この際凍結されるOGASのプラットフォームからサブシステムが分離され、「国家経済自動化システムOGAS」として独立した。この時凍結されたメインシステムが後のバラクーダノード、サブシステムが経済自動化システム
1980年代後半、ソ連の末期的な経済状況の特効薬として期待されたOGASだが、メインシステムを失ったサブシステムでは機能の維持すら困難であり民用化が難航。世界的な経済危機、およびELIDの大量発生問題の中で開発は遅々として進まず、1991年のソ連崩壊と共に経済システムとしてのOGASの開発も頓挫した。以後ソ連崩壊後もバラクーダの封印が解かれることは無く、OGASもしばし歴史から姿を消すこととなる。
サンガツ、これは設定資料集2に載ってるやつやろか?上手い具合に纏めて世界観のとこに追記したいな
資料集のOGASに関するいくつかの記述から抜粋して意訳して補足入れて時系列順にしたかんじ。資料集だと冷戦史や遺跡開発史の一部としてOGASについて断片的に触れてるので結構長い。そして楽しい。ブラックオプス味ある
このツリー保存してワイも照らし合わせるために資料集引っ張り出してくるかあ。こういう考証楽しいよね