F24081
2024/10/16 (水) 01:12:27
e43ec@a35cc
今回の講義の内容を振り返ってみて、『アイの物語』という小説を思い出した。
この作品には自分で考えて行動できるAIロボット達が登場するのだが、彼らは日本語でこそあるが私達には理解できない言葉で会話をしている。これについて、作中であるAIが「自身のコピーが虐待を受けた上で削除されたことに対する感情を表現したいが、人間はもう一人の自分が殺される経験などしたことがないので、適切な表現がない」として新たな言い回しを作る場面がある。これは認知科学について扱ったものではないし、フィクションなので実際にそうであるとは言えないが、身体によって思考が左右されるということは上記の場面に近いところがあるのではないかと考えた。このAI達は自身の感情の程度を表す指標を使って正確な意思疎通を実現している。現実の人間にもそのようなことができたら、その人の考え方というものはどこから来るのかなど、意識や思考についての理解が進むかもしれない。
通報 ...
「コピー」という身体のあり方は私たち人間にはないので、その独自の身体性に基づいたAIの「体感」は伺い知れないですね。いや、自分が大切にしているもの、たとえば洋服とかが損傷されるときの感情に近いのかとも考えました。いずれにせよ、身体性由来の認知、感情を考えると、種による差異、あるいは人間と非人間の差異に想像を巡らせるのは楽しそうです。
10点差し上げます。