仏教のお話

Rの会:無量義経 / 37

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ダルマ太郎 2024/03/27 (水) 14:45:31

第六の功徳 治等不思議力

善男子、第六に是の経の不可思議の功徳力とは、若し善男子・善女人、若しは仏の在世若しは滅度の後に、是の経典を受持し読誦せん者は、煩悩を具せりと雖も、而も衆生の為に法を説いて、煩悩生死を遠離し一切の苦を断ずることを得せしめん。衆生聞き已って修行して得法・得果・得道すること、仏如来と等しくして差別なけん。譬えば王子復稚小なりと雖も、若し王の巡遊し及び疾病するに、是の王子に委せて国事を領理せしむ。王子是の時大王の命に依って、法の如く群僚百官を教令し正化を宣流するに、国土の人民各其の要に随って、大王の治するが如く等しくして異ることあることなきが如く、持経の善男子・善女人も亦復是の如し。若しは仏の在世若しは滅度の後、是の善男子未だ初不動地に住することを得ずと雖も、仏の是の如く教法を用説したもうに依って而も之を敷演せんに、衆生聞き已って一心に修行せば、煩悩を断除し、得法・得果・乃至得道せん。善男子、是れを是の経の第六の功徳不思議の力と名く。

【第六の功徳】人生苦を断ち切れ、尊い境地に至ってなくても人を幸せに導ける・・・

「『第六の功徳』は、その人が煩悩を持つ身であっても、その人が衆生のために法を説くと、多くの人々を、煩悩による苦や変化に動揺する『凡夫の境地』から離れさせ、『人生苦』を断ち切ることが出来るようになります。そしてその人自身も仏と同じ悟りの境地に達することができます。それはあたかも、王子が幼い時、大王が不在または病弱であっても、王子が大王の言いつけの通りに政(まつりごと)を行えば、国全体が自然と治まっていくのと同じです。その人が菩薩の境地に至っていなくても、その人が説いた教えを実践していくと、世の多くの人々は煩悩を除き去り、菩薩の道を得ることができるようになります」。

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